🍄きのこ20:森の記憶 ― 消えても残るもの

人の中には、森の時間がまだ生きている。


ふとした瞬間、
台所の匂いが昔の山を思い出させる。
干し椎茸を水に戻したときの、
あの土のような、木のような香り。
湯気の奥に、見えない森が立っている気がした。

もうその山には行けない。
伐採され、道が舗装され、
昔の小道も消えてしまった。
けれど、香りの中にはまだ、
子どものころの森が残っている。


きのこは、記憶の中で何度も生える。
雨の音を聞いたとき、
秋の光を見たとき、
心の中のどこかで胞子がふくらむ。
それは思い出ではなく、
身体に刻まれた“森の反応”のようなものだ。

祖母の家の軒下で干された椎茸、
父の手のひらに載ったマツタケ、
誰かと笑いながら食べた味噌汁。
きのこの香りには、
人の記憶がそっと重なっている。


きのこが森を分解して新しい命を育てるように、
人の記憶も、失われたものを別の形にして生き続ける。
亡くなった人の声、
もう戻らない季節の光、
その全部が香りの中で少しだけ蘇る。

私たちは、
食べることで過去とつながり、
香りの中で誰かと再会しているのかもしれない。


✨詩的一行

森は、もう一度香りとして生える。
人の記憶の奥で。

🔗 キノコ(食用)シリーズ一覧へ戻る

コメント

タイトルとURLをコピーしました