香りは、森の夢の続き。
夜の台所に、湯気が立つ。
火を落としたばかりの鍋から、
ふわりと漂うきのこの香り。
それは、静かな森の残響のようだった。
椎茸の出汁、舞茸の香ばしさ、
ひとつひとつが、遠くの木々の呼吸を思わせる。
味よりも先に、香りが心を満たす。
その瞬間、人は無意識に森を思い出している。
🌙 森が眠る時間に
都会の夜でも、
台所に立つと森がいる。
包丁の音、煮立つ湯、
湯気の奥に潜む湿った香り。
それは、昼間には思い出せない“自然の記憶”だ。
きのこの香りは、
土と雨と光を混ぜたような時間の匂い。
人が火を使い始めたころから、
この匂いは変わらず、
夜の食卓の中に漂い続けてきた。
火と香りのあいだで、
人は安心を覚える。
食べることは、眠ることと似ている。
体を休めながら、
心は森の夢を見ているのかもしれない。
🍚 味覚の記憶
子どもの頃、
味噌汁の中に浮かんでいた椎茸を、
よく箸で追いかけた。
噛んだときの香り、
ほのかな苦み、
あの感覚だけは、今も身体が覚えている。
食べるということは、
記憶を受け継ぐことでもある。
祖母が干した椎茸の匂い、
母が煮た出汁の音。
その記憶が舌の奥に眠っていて、
ふとした瞬間に蘇る。
きのこの香りは、
森の時間と人の時間を重ねていく。
夜の食卓で立ちのぼる湯気の中に、
森の静けさが少し戻ってくるのだ。
✨詩的一行
湯気の向こうで、
森がまだ、夢を見ている。

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