― 長野・穂高に見る“境界のゆらぎ” ―(2025年11月)
北アルプスの麓、長野県安曇野市・穂高で、日本ザルの市街地侵入が相次いでいる。農地荒らしや住宅地への出没が増え、住民ら約50名による「モンキーチェイシング隊」が結成された。ベルや笛、GPSを使いながら、群れを山へ誘導する取り組みが続いている。
一見すると「サル被害」という単純な話に見える。だが、この現象は日本各地で進む“人と野生動物の距離の変化”の一部にすぎない。
■ 昔からサルは里に来ていたのか
江戸期の文献にはすでに「里の作物を奪う猿を追った」との記録があり、日本ザルの出没は新しい話ではない。ただし当時は、群れが小さく、人への警戒心も強かった。
しかし近年、果樹や畑という“高栄養の餌場”、温暖化による山の実りの不安定化、森林の画一化、人慣れ(ハビチュエーション)などが重なり、山から人里への移動が増加している。安曇野のりんご畑も、栄養価が高く魅力的な餌場となっている。
■ 他の動物の市街地出没とつながっている
クマ、シカ、イノシシ、タヌキ、カラス——。近年、複数の野生動物が都市周辺に出没する事例が増えている。その背景には共通点がある。
ひとつは、山の餌資源の変動。ブナやミズナラの実りが不安定になり、人工林の割合が増えることで餌場が偏り、動物は山を離れざるをえなくなる。
もうひとつは、人間の生活圏のほうが餌が安定していること。果樹、畑、残渣など、都市周辺には動物にとって効率のよい採食場所が多い。
さらに、地域の「追い払い文化」の弱体化により、動物の警戒心が薄れやすい状況も生まれている。こうした条件が重なることで、野生動物は山と里の境界を越えやすくなっている。
■ 境界は、人間が思うほどはっきりしていない
安曇野での取り組みは、動物出没が各地で増える今、「地域がどう向き合うか」を示すひとつの実例だ。山へ戻す、追い払う、距離を保つ――こうした地道な対応こそが、長期的な共生につながっていく。
北アルプスの影が延びる夕暮れ、群れが静かに山へと帰っていく。その背中には境界線など引かれていない。動物も人も、ただ自分の生きる場所を探しながら、そのあいだを歩いている。
🌿 せいかつ生き物図鑑・国内編
― 季節と生き物、暮らしのあいだから ―
🌱 出典:長野県安曇野市発表/AP News(2025年11月中旬 報道)
コメント