南極の夏、岩だらけの岬にアデリーペンギンたちのコロニーが広がる。
小石を集めた巣のあいだを、親鳥とヒナが鳴き交わしながら行き来する――はずの季節に、
ヒナがほとんど育たない「繁殖失敗の年」が、各地で報告されるようになってきた。
■ ヒナが残らないコロニー
アデリーペンギンは、短い夏のあいだに
卵を温め、ヒナをかえし、海へ送り出さなければならない。
このスケジュールが少しでも崩れると、ヒナは育たない。
近年、一部のコロニーでは、
「卵はかえったのに、ヒナがほとんど育たない」シーズンが繰り返し観測されている。
親鳥が餌場へ通う距離が伸び、ヒナに十分な餌を運べなくなっているケースも多いという。
■ 海氷のタイミングがすべてを変える
アデリーペンギンにとって、海氷はただの障害物ではない。
・餌となるオキアミが集まる「縁」でもあり、
・海へ出るための足場でもあり、
・外敵から身を守るシェルターでもある。
ところが、ある年は海氷が早く割れすぎ、
また別の年は、逆に厚い氷が長く残りすぎる。
どちらの場合も、親鳥は餌場までの距離や時間が増え、
巣で待つヒナは、寒さと空腹の両方にさらされることになる。
海氷の「量」だけでなく、
「どのタイミングで、どの位置に残るか」が、
ヒナの生存を左右する条件になりつつある。
■ 気候変動の“勝ち組”と“負け組”
南極全体で見れば、アデリーペンギンは一様に減っているわけではない。
海氷が適度に減った地域ではコロニーが拡大し、
逆に、氷の変化が極端な地域では、繁殖失敗が続いているケースもある。
同じ種の中に、
「気候変動の恩恵を一時的に受けるグループ」と、
「環境の変化に押し出されるグループ」が現れているのだ。
岩場のコロニーでは、今年も親鳥たちが小石を運び、巣を直している。
その足もとで、空になった巣と、何も残らなかったシーズンの記憶だけが、静かに積もっていく。
🌍 せいかつ生き物図鑑・世界編
― 変わりゆく地球を見つめる観察記 ―出典:
AAS Adélie Penguin Monitoring Program(1990–2025)/
SCAR Bird Monitoring Database/
BAS Marine Predator Review(2020s)⛄関連→ 海鳥インフルエンザが南極圏に広がる兆し /北極海で続く“足場の消失”
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