🌸 サクラ17:花見の起源 ― 宴から行事へ ―

サクラシリーズ

サクラを見るという行為は、
最初から「花見」だったわけではない。

人が集まり、
飲み、語り、
春を祝う行為は、
あとから形を整えられてきた。

サクラは、
最初に意味を背負ったのではなく、
集まる理由として使われるようになった木だ。

🌸 目次

🍶 1. 花見以前の春の宴

日本における春の宴は、
サクラよりも前に存在していた。

古くは、
田植えを前にした祈りや、
山の神を迎えるための行事が、
春の節目に行われていた。

その場に、
酒があり、
食べ物があり、
歌や語りがあった。

つまり、
花見とは、
もともと季節を確認する集まりだった。

🌸 2. サクラが選ばれた理由

春の宴に、
どの植物を重ねるかは、
必然ではなかった。

ウメでも、
モモでも、
菜の花でもよかった。

それでも、
サクラが選ばれていったのは、
一斉性と短さを持っていたからだ。

同じ時期に咲き、
同じ時期に散る。

その性質が、
人が集まる「今」を、
明確に示した。

🏯 3. 貴族から庶民へ

平安時代、
花見はまず、
貴族の遊びとして整えられた。

和歌を詠み、
管弦を奏で、
花を背景に時間を過ごす。

だが、
サクラが庶民のものになるのは、
ずっと後のことだ。

江戸時代、
植樹と管理によって、
花見は町へ降りてくる。

ここで初めて、
誰でも参加できる行事として定着する。

📅 4. 行事としての花見

花見が行事になると、
サクラは、
自然の木である以上の役割を持つ。

開花は予定され、
人は集まり、
経済も動く。

それでも、
花見は完全に管理された出来事にはならなかった。

咲くか、
咲かないか。

その不確かさが、
毎年の花見を、
繰り返しにならない行事にしている。

🌙 詩的一行

花見は、サクラを見る行事ではなく、春を確かめ合う集まりだった。

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