なぜ、タイは祝われる魚になったのか。
その問いは、味や色だけでは説明しきれない。
日本の暮らしの中で、
タイは「食べる魚」を超えて、
場を整える存在になっていった。
婚礼、正月、祭り。
特別な日に並ぶ魚は限られている。
その中で、タイは長い時間をかけて、
「外さない魚」として定着してきた。
この章では、日本においてタイがどのように扱われ、
なぜ祝い魚として選ばれてきたのかを、
歴史と感覚の両面から見ていく。
🐟 目次
🎉 1. 祝いの場に置かれる魚
日本の祝いの場には、
必ずといっていいほど「定番」がある。
餅、酒、米。
そして魚。
その魚として、
最も安定して選ばれてきたのが、タイだった。
理由は単純ではない。
味が良い、見た目が整っている、
姿焼きに耐える。
だがそれ以上に、
誰も異を唱えない存在だったことが大きい。
祝いの場では、
強い主張よりも、
場を壊さないことが重視される。
タイは、その条件を満たしていた。
🔴 2. 赤という色の意味
赤は、日本文化において、
特別な色だ。
血、火、太陽。
生命や始まりを連想させる一方で、
魔を遠ざける色としても使われてきた。
マダイの赤は、
派手すぎず、
沈みすぎない。
自然の中にありながら、
人の感覚にちょうど収まる赤だった。
この色は、
飾りとしてではなく、
場の空気を整える役割を果たしてきた。
🗣️ 3. 言葉と縁起 ― 「めでたい」
「めでたい」という言葉と、
「タイ」の語感が重なったことは、
確かに影響している。
だが、語呂合わせだけで、
ここまで定着することはない。
語感が結びついたのは、
すでにタイが、
祝いの場に馴染んでいたからだ。
言葉は、後から理由を与える。
タイの場合も、
実感が先にあり、言葉が追いついた。
🍽️ 4. 食べられる祝い魚
日本の祝いは、
供えるだけで終わらない。
最後には、
必ず食べる。
タイは、
姿を保ったまま供え、
その後、無理なく食べられる。
硬すぎず、
脂が強すぎず、
調理の幅が広い。
この「食べきれる祝い魚」であることが、
タイを特別な位置に押し上げた。
🌊 詩的一行
タイは、祝われるために選ばれたのではなく、選び続けられたことで祝われる魚になった。
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