- 分類: ミカン科ミカン属
- 学名: Citrus junos ‘Tada-nishiki’
- 分布: 主に兵庫県多田地区で発見、現在は徳島・高知などで栽培
- 樹高: 約3〜4m
- 果実: 中型で丸みがあり、果皮はやや薄く、香りは柔らかく甘い
- 香り成分: リモネン、シトラール、ネロリドールなど
- 特徴: 種が少ないまたはほとんどない品種。果汁が多く食味がよい
- 用途: 食用、調味、菓子加工、家庭用果樹
生態 ― 種のない柚子
多田錦(タダニシキ)は、兵庫県川西市多田地区で発見された自然実生から生まれたユズの品種である。 1950年代に栽培が始まり、「種の少ないユズ」として注目を集めた。 遺伝的には本柚子に近いが、胚発生の仕組みが異なり、 受粉しても種が形成されにくい性質をもつ。
果実は中型で丸みがあり、果汁が多く、香りは柔らかい。 果皮は薄めで油胞が細かく、香り成分のバランスが繊細。 リモネンの含有量はやや低く、代わりにシトラールやネロリドールの甘い香りが強調される。 この香りの変化が「やさしいユズ」と呼ばれる理由になっている。
樹勢は穏やかで栽培しやすく、トゲが少ないのも特徴。 家庭菜園や庭木として人気が高く、 「育てやすいユズ」として広く普及している。
文化 ― 生活の中に広がるユズ
多田錦の誕生は、戦後の日本で「使いやすさ」を求めた 家庭向けの果樹栽培の流れと重なっていた。 料理や菓子づくりに使うとき、種を取り除く手間が少なく、 香りも穏やかで幅広い料理に合う。 そのため、家庭用ユズの代表格として普及した。
近年では、徳島や高知などユズの産地でも 多田錦が加工用・搾汁用に導入されている。 「食べやすさ」と「香りの柔らかさ」という特徴が、 消費者の嗜好の変化に寄り添っているのだ。 種を持たないことで、ユズはより生活の中に入り込み、 “やさしい果実”として新しい文化を築きつつある。
詩 ― やわらかな香りの記憶
手に取ると、香りがやわらかく立ちのぼる。 果実の中には、もうほとんど種がない。 軽い重みの中に、静かな香りがひろがる。 それは人の暮らしの中で、少しずつ変わってきた “やさしさ”という香りなのかもしれない。
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