🦎 トカゲ20:日本のトカゲ観 ― 身近だが語られない生き物 ―

トカゲシリーズ

日本では、トカゲは昔からそこにいた。
田のあぜ、石垣、庭の隅。
特別に探さなくても、視線を落とせば見つかる場所にいる。

それでも、トカゲについて語られることは少ない。
怖がられるほどでもなく、愛でられるほどでもない。
語られないまま、見過ごされてきた存在だ。

この回では、日本におけるトカゲの位置づけを、
民俗・感覚・距離感という側面から見ていく。

🦎 目次

🇯🇵 1. 身近だが主役にならない生き物

日本の自然観には、象徴的な動物が多い。
サル、キツネ、タヌキ、ヘビ。

それに比べて、トカゲは語りの中心に立たない。
害をなすわけでも、恵みをもたらすわけでもない。

ちょうどよく無害で、ちょうどよく無名
それが、日本のトカゲの立ち位置だった。

🧠 2. 嫌悪と無関心のあいだ

ヘビほど恐れられず、
カエルほど親しまれもしない。

トカゲに向けられてきた感情は、
嫌悪というより、戸惑いに近い。

動きは速く、体は冷たそうで、
触れ合う理由が見つからない。

結果として、感情を向けられない存在になった。

🏡 3. 暮らしの風景に溶ける存在

それでもトカゲは、
日本人の暮らしのすぐそばにいた。

石垣の隙間、縁側の下、畑の端。
家と自然の境目に、静かに入り込む。

気づけばいるが、気づかれなくても困らない。
生活の背景としての生き物だった。

📖 4. 物語になりにくかった理由

物語は、意味を求める。
役割や教訓、象徴を欲しがる。

トカゲは、そうした期待に応えない。
ただ、生きるために生きている。

善でも悪でもなく、
教えを残すわけでもない。

だからこそ、
物語にならなかった

🦎 詩的一行

トカゲは、意味を背負わずに、暮らしのそばに残ってきた。

🦎→ 次の記事へ(トカゲ21:世界のトカゲ文化)
🦎→ 前の記事へ(トカゲ19:樹上性トカゲ)
🦎→ トカゲシリーズ一覧へ

コメント

タイトルとURLをコピーしました