🐟 タイ22:漁業と養殖 ― 天然と人工の境界 ―

タイシリーズ

タイは、自然の魚であると同時に、
人の手によって育てられる魚でもある。

天然か、養殖か。
その問いは、しばしば対立として語られる。

だが実際の海では、
その境界は、思っているほど明確ではない。

この章では、
タイをめぐる漁業と養殖の関係を、
善悪ではなく、使われ方の違いとして整理する。

🐟 目次

🎣 1. 天然タイの漁業

天然のタイは、
定置網、一本釣り、底引き網など、
さまざまな漁法で漁獲されてきた。

季節や海況によって、
獲れる量は大きく変わる。

この不安定さが、
祝い魚としての価値を高める一方で、
安定供給の難しさにもつながっていた。

天然タイは、
海の都合を引き受けた魚だ。

🐟 2. 養殖が始まった理由

需要が増えるにつれ、
天然だけでは追いつかなくなった。

そこで始まったのが、
タイの養殖だ。

養殖は、
味を再現するためではなく、
量と時期を整えるために導入された。

祝いの時期に、
必ずタイが用意できること。
それは、文化を支えるための技術でもあった。

⚖️ 3. 天然と養殖の違い

天然と養殖では、
育ち方が違う。

餌、運動量、環境。
それらの差は、
身質や脂の乗り方に表れる。

だが、優劣ではない。

天然は、
海のばらつきを含み、
養殖は、
人の管理を含む。

どちらも、
別の条件を引き受けた結果だ。

🧭 4. 境界が曖昧になる場所

放流事業や、
自然海域での養殖。

完全に「天然」と言い切れない個体も増えている。

だがそれは、
自然が壊れた証ではなく、
人が関わり続けている証でもある。

タイは、
完全な野生にも、
完全な人工にもならなかった。

その中間にとどまり、
人と海の関係を映している。

🌊 詩的一行

タイは、自然と人工のあいだで、使われながら生き続けてきた。

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