世界で最も希少な大型類人猿「タパヌリ・オランウータン」
― 鉱山拡張計画により、再び絶滅危機が深まる ―
インドネシア・スマトラ島の北部、バタング・トル森林の奥深く。
霧がかかる山地に暮らすのは、世界で最も個体数の少ない大型類人猿、タパヌリ・オランウータンだ。
2017年に新種として科学界に報告されたこのオランウータンは、
推定800頭未満しか存在しない。
その生息地が、金鉱山の拡張計画によって再び脅かされようとしている。
■ 世界で最も希少な類人猿
タパヌリ・オランウータンが暮らすのは、
スマトラ島の南北に連なる山岳地帯のわずかな範囲だけ。
熱帯の森が続くこの地域は、豊かな生態系を育むと同時に、採掘資源の宝庫でもある。
研究者たちは、遺伝子解析の結果から、
このオランウータンが約300万年前に他の系統から分かれた非常に古い lineageを持つことを突き止めた。
つまり、彼らは“最後の一本の系統”そのもの。
1種が消えるというより、300万年の進化史が丸ごと途絶えるということだ。
■ 金鉱山拡張がもたらす「森の分断」
今回問題となっているのは、Martabe(マルタベ)金鉱山の拡張計画。
国際企業の投資が進むこの鉱山は、タパヌリの生息地に隣接している。
鉱山拡張の影響で、
・森林伐採
・採掘に伴う土壌の流出と河川汚濁
・重機による騒音と振動
・道路建設による生息地の“分断”
が懸念されている。
オランウータンは広い行動圏をもち、森に連続性がないと繁殖も移動も難しくなる。
狭まった森は、やがて“孤立した小さな島”となり、遺伝的多様性の喪失を招く。
■ タパヌリが抱えるもう一つの脅威 ― 静かに進む「個体群の縮小」
タパヌリ・オランウータンは、鉱山だけが脅威ではない。
道路建設、水力発電ダム、農地拡大、そして密猟。
複合した影響が、個体群を静かに押し下げてきた。
研究者によれば、この20年で人口の増加と開発により、
生息地の約60%が劣化または消失しているという。
このまま減少が続けば、
わずかな変動(病気、森林火災、暴風雨など)で
一気に絶滅に至る可能性が高い。
■ 開発か、保全か ― 地域の暮らしと国際社会の視線
鉱山は地域に雇用と収入をもたらす。
しかし、その利益の影で失われるものは何か。
タパヌリの森は、炭素吸収源としての価値も高く、
保全が進めば“自然資本”としての長期的利益が期待できる地域でもある。
国際社会も注目しており、環境団体は鉱山の再評価を求めている。
開発か保全か――その二択ではなく、どう折り合いをつけるかが問われている。
■ まとめ ― 森の奥に残された一本の系統を守れるか
タパヌリ・オランウータンは、世界の霊長類の中でもとりわけ特別な存在だ。
その姿は、何百万年も続いてきた命のつながりが結んだ“最後の枝”のようなもの。
森が壊れれば、その枝は簡単に折れてしまう。
けれど、まだ時間はある。生息地の連続性を保ち、開発の方法を見直すことで、
彼らが生きる未来を繋ぎとめることはできる。
🌏 せいかつ生き物図鑑・世界編
― 失われゆく森と、そこに残された命の物語 ―出典:The Guardian(2025年12月9日)/国際保全機関レポート
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