光の入らない通路を、カメラのライトがゆっくり進む。
岩の割れ目に、細い“指”のような影が動いた。
名はPseudotyrannochthonius rucapillans。
溶岩がつくった洞窟(ラバーチューブ)で確認された、
新種の擬サソリだ。
体は数ミリほど。
目はほとんど退化し、代わりに感覚の毛が発達している。
顎肢(がくし)は細長く、岩のすき間に伸びて、
小さな獲物の気配をそっと探る。
研究チームの報告によれば、
この擬サソリは“地下に生きること”に適応した種だという。
水滴の音だけが響く闇の中で、
彼らは光ではなく触覚を頼りに暮らす。
洞窟は、地上とは別の時間が流れる場所だ。
季節の揺れが小さく、外界からの影響も届きにくい。
だからこそ、そこには“目に触れない多様性”が残りやすい。
新種の発見は、まだ知られていない世界が
足元に広がっていることを教えてくれる。
暗闇は空白ではない。
感覚の糸を伸ばす生き物たちの、静かな往来がある。
その細い指先が、地球という生き物の
深い呼吸にそっと触れている。
🌏 せいかつ生き物図鑑・世界編
― 目に触れない場所の多様性を見つめる観察記 ―出典:Zootaxa(2025年11月掲載報告)/ 洞窟生物学関連資料
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