🐻熊10:ヒグマ ― 北の森に生きる力

クマシリーズ

― 北の川を歩む影 ―

分類:哺乳綱 クマ科
学名Ursus arctos yesoensis
分布:北海道全域
体長:オス 2.0〜2.3m/メス 1.6〜1.8m
体重:オス 最大300kg超
食性:雑食(植物・果実・昆虫・鮭など)
冬眠:11月〜3月頃、巣穴で冬眠
特徴:日本最大の陸上動物。力強さと母性の象徴。
文化:アイヌの神「キムンカムイ」として崇められた。


森の匂いが、深く沈んでいる。
針葉樹の下、足跡は濡れた苔に埋もれ、
風の底でひとつの影が動く。

それは、北の季節を抱いて生きる獣。
川を渡り、岩を越え、鮭をくわえるとき、
その背に光が落ちて、森全体が息をする。

ヒグマ。
この島の最も古い記憶を宿した生き物。
力と、母性と、静けさを併せもつもの。


🏔森に刻まれた体

ヒグマの体は、森の地形そのもののように重い。
肩の隆起は岩の稜線、毛並みは風の流れ。
成獣の雄で三百キロを超える体は、
ただの「大きさ」ではなく、土地がそのまま歩いているようだ。

その身体は、北の寒気に耐えるための鎧。
皮下脂肪の厚さと毛皮の密度は、
冬の雪を受け入れるための準備であり、
同時に、春の再生を待つ静けさでもある。


🐟川の贈りもの

秋、森の川に鮭が帰る。
ヒグマはその音を知っている。
岩を飛び、流れを見つめ、最初の一匹をくわえたとき、
その瞬間、山と海がひとつに結ばれる。

鮭の体を食べることは、海の命を森へ運ぶこと。
倒木の根、キノコ、鳥──
すべてがその栄養の循環の上に成り立っている。
ヒグマは、ただの捕食者ではなく、
生態系の「手渡し役」なのだ。


🌲母と子

春、雪がとけるころ。
巣穴の奥から小さな声が聞こえる。
母グマは、まだ弱い子を胸に抱き、
陽の光を確かめるように外へ出る。

彼女の警戒は鋭く、しかし愛情は深い。
わずかな枝の折れる音にも反応し、
人の気配を察すれば風下に身をひそめる。
ヒグマの母性は、命を繋ぐ執念に近い。


🌌北の森の静寂

夜、森に光はない。
ただ川の音と、遠くの梟の声。
その闇の中で、ヒグマは立ち、嗅ぎ、聴く。
人の作る言葉の外側で、
世界の鼓動に耳を澄ませている。

その姿を見た人は言う。
「神のようだった」と。
だが彼女にとっては、ただの夜。
生きることが祈りであるような、生の在り方。


🕊あとがきのように

ヒグマは、北の記憶そのものだ。
山が語る声、風が刻む形。
その存在を知ることは、
この島の静けさの奥に触れることでもある。

次章では――
もうひとつの熊、ツキノワグマへ。
人に近く、闇と光の境を歩く、もうひとつの影を見ていこう。

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