― 海は道であり、時間である ―
春の陽が海に満ちるころ、イワシの群れは北を目指して動き出す。
黒潮に乗り、沿岸をすべるように泳ぐ。
夏の海で子を産み、秋には再び南へ帰る。
その旅路は、潮の流れとともに刻まれる命の地図。
海の中では、季節も道も見えない。
けれどイワシは水温と光を読み、迷うことなく巡る。
その行動の正確さは、人の暦よりも古い。
彼らは「季節の記憶」で生きている。
🌾目次
🌊 黒潮と親潮 ― 海を渡る二つの道 ―
日本近海を流れる二つの大きな潮、黒潮と親潮。
イワシはその境界を渡りながら生きている。
黒潮の温かい海で産まれ、親潮の冷たい海で育つ。
まるで、海が二つの国を持つかのようだ。
水温のわずかな違い、潮の速さ、塩分の濃さ―― それらを肌で感じ取りながら、群れは道を選ぶ。 その移動は本能ではなく、記憶に近い。 何千代も続く“海の記憶”が、群れを導いている。
🌍 季節の循環 ― 産卵と成長のリズム ―
春から夏にかけて、イワシは沿岸に近づき産卵する。
小さな卵が浮かび、海面を漂う。
孵化した仔魚は、わずか数ミリの透明な命。
それが夏の光の中で成長し、秋には群れに加わる。
冬、海が冷えると群れは深みに潜る。 光の少ない海の底で、ゆっくりと呼吸を続ける。 海は眠り、命は静かに次の春を待つ。 その繰り返しの中に、海の時間が流れている。
🍴 人と季節 ― イワシの海を待つ暮らし ―
漁村では、イワシの群れの到来が季節のしるしだった。 春に群れが来れば豊漁の年、来なければ海が静まる。 「今年は海が笑っている」と、年寄りたちは言った。 イワシは、海と人の暦をつなぐ魚だった。
朝の海で跳ねる群れ。夕方の浜に並ぶ光る魚。 その景色の中に、人の暮らしと海の鼓動が重なっていた。 イワシが泳ぐたびに、海は季節を思い出す。
🌙 詩的一行
潮をめぐって、季節が生まれる。
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