日本で、ヒツジと最も相性がよかった場所はどこか。
そう問われれば、多くの条件が北海道を指す。
冷涼な気候、比較的乾いた空気、広い土地。
少なくとも自然条件だけを見れば、
ヒツジが定着しても不思議ではなかった。
それでも、北海道は「羊の国」にはならなかった。
その理由は、環境ではなく、選ばれ方にあった。
🐑 目次
🌬️ 1. 気候と土地 ― ヒツジに向いた条件
北海道は、本州と比べて夏が短く、湿度も低い。
寄生虫や皮膚病のリスクは、相対的に抑えやすい。
また、広い草地を確保しやすく、
放牧を前提とした飼育も現実的だった。
自然条件だけを見れば、
北海道は日本で最もヒツジ向きの土地だった。
🌾 2. 開拓期の期待と試み
開拓期、北海道では、
さまざまな家畜が導入された。
ヒツジもその一つで、
羊毛生産や肉利用を視野に入れた飼育が試みられた。
官営牧場や試験場では、
品種の比較や飼育方法の検討が行われた。
だが、
ヒツジは「育てられなかった」のではない。
後回しにされたのだ。
🥛 3. 牛との競合
北海道で主役になったのは、ウシだった。
乳と肉を安定して供給でき、
農業体系にも組み込みやすかった。
同じ草地を使うなら、
より高い収益が見込める牛を選ぶ。
この判断は、経済的には合理的だった。
ヒツジは、
牛と競争する中で、
優先順位を下げられていった。
🐑 4. 点として残ったヒツジ
それでも、ヒツジは完全には消えなかった。
北海道各地に、
小規模な飼育や地域ブランドとして残った。
士別のサフォークに代表されるように、
量ではなく質を重視する形で、
ヒツジは生き延びている。
北海道のヒツジは、
産業の柱にはならなかった。
だが、確かにそこにいる。
🌙 詩的一行
北海道は、ヒツジを受け入れたが、主役にはしなかった。
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