森の奥で、リスが小さな穴を掘っている。
前足でどんぐりをつかみ、ふかふかの落ち葉をかき分け、そっと埋めていく。
その場所を覚えているようで、覚えていないようでもある。
けれど、それでいい。
リスの“忘れもの”こそが、森の未来をつくっていくのだから。
どんぐりはブナ科の木々の果実。
秋になると木々は一斉に実を落とすが、自ら歩いて広がることはできない。
だから森は、動物たちに運ばせる。
リスやカケス、イノシシ、そしてクマ。
それぞれが生きるためにどんぐりを食べ、
知らぬうちに森を更新している。
カケスは青い羽をひらめかせ、森の外れまで飛んでいく。
くちばしにくわえたどんぐりを土の下に隠し、
何百もの場所を覚えようとする。
けれど冬が来る頃には、いくつかの場所を忘れてしまう。
その忘れられた実が、春に芽を出し、新しい木になる。
森は“記憶”ではなく、“忘却”によっても育っていくのだ。
イノシシは別の意味で森を耕す。
地面を掘り返してどんぐりを探し、
食べ残した皮やかけらが、やがて土に還る。
その足跡のあとには、柔らかく混ざった土ができ、
次の芽が伸びやすくなる。
彼らの荒々しい掘り返しは、森にとっての“耕運”なのだ。
そして、クマ。
冬を前にした森で、クマは静かにどんぐりを探す。
体に脂肪を蓄えるために、森の奥を歩きながら、
ひとつ、またひとつと実を噛みしめる。
それは、生きるための食であり、
森が与える“最後の贈りもの”でもある。
どんぐりを食べ、運び、埋め、忘れ、土へ返す。
それぞれの動物が、意識せずに森の営みに加わっている。
ひとつの実を通して、命がつながり、森が呼吸を続ける。
秋の終わり、風の冷たさの中でリスがまた走る。
枝の上から落ちたひと粒が、偶然に柔らかな土に触れる。
その偶然こそが、森を育てている。
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