🐑 ヒツジ19:毛と生活 ― フェルト・防寒・手仕事の記憶 ―

日本で、ヒツジはあまり食べられなかった。
だが、まったく関わりがなかったわけではない。

肉が主役にならなかった代わりに、
ヒツジは毛というかたちで、人の生活に入り込んだ。

それは大量消費の素材ではなく、
必要な分だけ使われ、手で扱われるものだった。
ヒツジと日本の関係は、
いつも静かで、小さな単位で続いてきた。

🐑 目次

🧶 1. 羊毛という素材

羊毛は、軽く、温かく、空気を含む。
自然素材の中でも、
防寒に特化した性質を持つ。

日本では、
麻や綿、絹が主流だったため、
羊毛は補助的な素材として扱われた。

それでも、寒冷地や冬の作業では、
羊毛の価値は確かだった。

🧤 2. フェルトと防寒

羊毛は、紡がなくても使える。
水と摩擦で絡み合い、
フェルトになる。

フェルトは、
裁縫を必要とせず、
道具さえあれば形になる。

防寒具、敷物、履き物。
フェルトは、
厳しい環境での生活を、静かに支えてきた。

北海道や寒冷地では、
こうした使い方が、
実用として受け入れられていた。

🪡 3. 手仕事としての羊毛

羊毛は、
大量生産よりも、
手仕事と相性がいい。

洗い、梳き、紡ぎ、編む。
時間と手間をかけることで、
素材の性質が引き出される。

日本で羊毛が根づいた場面は、
多くがこの個人の手の届く範囲だった。

家庭、工房、教育の場。
ヒツジは、
産業よりも生活に近い場所で存在してきた。

🏠 4. 生活の中の距離感

ヒツジと日本人の距離は、
近すぎず、遠すぎない。

毎日世話をする存在ではないが、
完全に切り離された素材でもない。

毛として、
道具として、
冬の一部として。

ヒツジは、
必要なときに思い出される存在として、
生活の端に残ってきた。

🌙 詩的一行

ヒツジの毛は、暮らしの冷えたところを、静かに埋めてきた。

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