日本では、トカゲは昔からそこにいた。
田のあぜ、石垣、庭の隅。
特別に探さなくても、視線を落とせば見つかる場所にいる。
それでも、トカゲについて語られることは少ない。
怖がられるほどでもなく、愛でられるほどでもない。
語られないまま、見過ごされてきた存在だ。
この回では、日本におけるトカゲの位置づけを、
民俗・感覚・距離感という側面から見ていく。
🦎 目次
🇯🇵 1. 身近だが主役にならない生き物
日本の自然観には、象徴的な動物が多い。
サル、キツネ、タヌキ、ヘビ。
それに比べて、トカゲは語りの中心に立たない。
害をなすわけでも、恵みをもたらすわけでもない。
ちょうどよく無害で、ちょうどよく無名。
それが、日本のトカゲの立ち位置だった。
🧠 2. 嫌悪と無関心のあいだ
ヘビほど恐れられず、
カエルほど親しまれもしない。
トカゲに向けられてきた感情は、
嫌悪というより、戸惑いに近い。
動きは速く、体は冷たそうで、
触れ合う理由が見つからない。
結果として、感情を向けられない存在になった。
🏡 3. 暮らしの風景に溶ける存在
それでもトカゲは、
日本人の暮らしのすぐそばにいた。
石垣の隙間、縁側の下、畑の端。
家と自然の境目に、静かに入り込む。
気づけばいるが、気づかれなくても困らない。
生活の背景としての生き物だった。
📖 4. 物語になりにくかった理由
物語は、意味を求める。
役割や教訓、象徴を欲しがる。
トカゲは、そうした期待に応えない。
ただ、生きるために生きている。
善でも悪でもなく、
教えを残すわけでもない。
だからこそ、
物語にならなかった。
🦎 詩的一行
トカゲは、意味を背負わずに、暮らしのそばに残ってきた。
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