― 香りを贈ることは、季節を分け合うこと ―
生態 ― 香りが届く距離
ユズの香り成分であるリモネンやシトラールは揮発性が高く、 少量でも空間を満たす力を持つ。 果皮をひとすりすると香りが広がり、 人の感覚を強く刺激する。 その特性が、「香りを分け合う文化」の根底にある。
冬の寒気の中では揮発がゆるやかになり、 香りはより長くとどまる。 だからこそ冬の果実は、 人から人へ“香りの手紙”として渡すのにふさわしかった。
文化 ― 贈る香り、季節のしるし
昔の山里では、冬が来ると採れたユズを近所や親戚に配った。 「香りをおすそわけ」と言いながら、 竹籠に十数個の黄色い実を入れ、 家々をまわる光景があった。 香りは保存がきかないからこそ、 今ここにある季節を伝える贈り物になった。
正月や祝い事の席では、ユズを飾る習慣もあった。 鮮やかな色と香りは、邪気を祓い、福を呼ぶ象徴。 また、柚子湯や柚子味噌を贈るのも冬の挨拶の一つ。 現代ではジャムやピール、リキュールに姿を変え、 “香りを贈る”文化は形を変えながら生きている。 香りは、言葉よりもやさしい季節の挨拶だ。
詩 ― 香りを手渡す
籠の中の黄色い実をひとつ渡す。 その香りが風にのって、手のひらを離れていく。 言葉を添えなくても伝わるぬくもり。 香りは、冬の手紙のように届いていく。
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