再び花がほころぶ季節に(2025年10月28日)
10月の終わり、東京の公園で桜が咲いた。
通りすがりの人たちが立ち止まり、
「春みたいだね」と笑いながら写真を撮る。
冷たい風に揺れる薄桃色の花は、
冬を前にした空の下で、少しだけ場違いに見える。
気象庁や植物研究者によると、
この「秋に咲く桜」は、年々各地で報告が増えているという。
原因は、夏から秋にかけての気温の乱れと、
強い台風や長雨で葉が早く落ちたこと。
桜は通常、秋から冬にかけて「休眠ホルモン」を出して
春の芽吹きまで花芽を守る。
ところが葉が落ちると、そのホルモンの働きが止まり、
木が“春が来た”と勘違いして開花してしまう。
つまり、桜にとっての“季節”は、
暦ではなく「光」と「温度」でできている。
そのわずかな変化を読み取る感覚は、
人が思うよりずっと繊細で、正確だ。
夜が長くなったこと、
雨の匂い、風の冷たさ。
そのすべてを記憶して、桜は時間を生きている。
この秋咲きの現象は、
“異常気象”という言葉で語られることが多い。
けれど、少し視点を変えれば、
それは「季節の記憶」がずれたというだけのことかもしれない。
長い夏を終え、
ようやく訪れた静けさの中で、
桜はほんの少しだけ春を思い出した。
花を見上げる人たちは、
その姿に懐かしさと不思議を感じる。
冷えた空気の中で見る桜は、
春の歓びではなく、
「季節を生きる」という命のリズムそのものだ。
自然は間違えない。
ずれるのは、いつも人の感覚のほう。
暦を越えて咲く花は、
気候の変化を教えてくれるだけでなく、
季節と共に生きてきた時間を思い出させてくれる。
秋に咲く桜は、
来年の春を告げる予告編でもある。
この一輪が教えてくれるのは、
自然のたくましさと、記憶の美しさだ。
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