🌿 タバコ19:タバコという植物をどう見るか ― 嗜好と距離 ―

タバコシリーズ

タバコについて語るとき、
人はしばしば、立場を決めたがる。

吸うか、吸わないか。
肯定か、否定か。

だが、植物としてのタバコは、
そのどちらにも属していない。

ここでは、評価や選択の話を一度離れ、
タバコという植物を、どう見ることができるのかを整理してみたい。

🌿 目次

🌱 1. 植物としてのタバコ

タバコは、
ナス科ニコチアナ属に属する草だ。

防御のためにニコチンをつくり、
一年の時間の中で葉を広げ、
種を残す。

そこに、
善悪の判断は含まれていない。

植物としてのタバコは、
ただ、生きるための仕組みを持っているだけだ。

🧠 2. 嗜好が生まれる仕組み

嗜好は、
物質そのものから直接生まれるわけではない。

吸い方、頻度、環境、
文化、制度。

それらが重なったとき、
行為は嗜好として固定される。

タバコは、
人の側の仕組みによって、嗜好になった植物だ。

📏 3. 距離という考え方

タバコをめぐる多くの制度は、
距離をどう取るかという問いに集約される。

完全に近づくか、
完全に遠ざけるか。

多くの社会が選んできたのは、
その中間だった。

管理し、分け、制限する。

それは、
タバコを排除するためではなく、
社会の中に置き続けるための距離でもある。

🌿 4. 見続けるという選択

タバコをどう扱うかは、
最終的には個人と社会の選択になる。

だが、その前に、
この植物を見続けることができるか。

作物として、
物質として、
文化として。

見えなくなったとき、
議論は極端になる。

タバコをどう見るかという問いは、
距離を考え続ける姿勢そのものだ。

🍃 詩的一行

タバコは、近づきすぎず、遠ざけすぎず、見ることで位置が決まる植物だ。

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