タバコについて語るとき、
人はしばしば、立場を決めたがる。
吸うか、吸わないか。
肯定か、否定か。
だが、植物としてのタバコは、
そのどちらにも属していない。
ここでは、評価や選択の話を一度離れ、
タバコという植物を、どう見ることができるのかを整理してみたい。
🌿 目次
🌱 1. 植物としてのタバコ
タバコは、
ナス科ニコチアナ属に属する草だ。
防御のためにニコチンをつくり、
一年の時間の中で葉を広げ、
種を残す。
そこに、
善悪の判断は含まれていない。
植物としてのタバコは、
ただ、生きるための仕組みを持っているだけだ。
🧠 2. 嗜好が生まれる仕組み
嗜好は、
物質そのものから直接生まれるわけではない。
吸い方、頻度、環境、
文化、制度。
それらが重なったとき、
行為は嗜好として固定される。
タバコは、
人の側の仕組みによって、嗜好になった植物だ。
📏 3. 距離という考え方
タバコをめぐる多くの制度は、
距離をどう取るかという問いに集約される。
完全に近づくか、
完全に遠ざけるか。
多くの社会が選んできたのは、
その中間だった。
管理し、分け、制限する。
それは、
タバコを排除するためではなく、
社会の中に置き続けるための距離でもある。
🌿 4. 見続けるという選択
タバコをどう扱うかは、
最終的には個人と社会の選択になる。
だが、その前に、
この植物を見続けることができるか。
作物として、
物質として、
文化として。
見えなくなったとき、
議論は極端になる。
タバコをどう見るかという問いは、
距離を考え続ける姿勢そのものだ。
🍃 詩的一行
タバコは、近づきすぎず、遠ざけすぎず、見ることで位置が決まる植物だ。
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