― 記憶の中の秋 ―
🗂目次
🌾庭の隅の音
子どものころ、
夏の終わりの夜に外へ出ると、
庭の隅からかすかな音が聞こえた。
「リーン、リーン」
最初はどこから鳴いているのか分からず、
息をひそめて耳を澄ませた。
暗闇の奥で、草の陰に何かがいる。
小さな光のような音だった。
🌙夜の静けさ
そのころの夜は、
もっと暗くて、もっと静かだった。
遠くで犬が吠え、
風鈴が一度だけ鳴り、
あとは鈴虫の声が夜を満たしていた。
家の明かりが漏れる土の匂いと、
その音がいつも一緒にあった。
それが“秋の夜”というものだと、
幼い心は思い込んでいた。
💫探すということ
大人になって、
あの音をもう一度聴きたくて
秋になると夜道を歩くことがある。
けれど、
街の灯りの中ではなかなか見つからない。
それでも、どこかで聴こえる気がして、
耳を澄ます。
あのころと同じように、
風の音の奥に、
鈴虫の声を探してしまう。
🕯思い出の中の声
たぶん、もうあの音は
記憶の中にしかいないのだろう。
けれど思い出すたびに、
心のどこかで鳴り始める。
声を探すという行為は、
過ぎた季節を抱きしめること。
静かな夜に耳を澄ませば、
今も鈴虫は鳴いている。
コメント