春の森を歩くと、見えない花の匂いがする。
白くも赤くもない、けれど確かに“咲いている”匂い。
風の中に甘い気配が混じるとき、
森はもう次の季節へ向かっている。
🌿 見えない花の森
シイやカシの花は、目立たない。
細い房が枝から垂れ下がり、
風に揺れながら小さな虫たちを呼ぶ。
その房の中には無数の小花が並び、
香りを放って森に春を知らせる。
森全体がその香りで満たされると、
鳥や虫が集まり、光と音が動き出す。
南の森の春は、色ではなく匂いで訪れる。
🐝 香りを運ぶ虫たち
照葉樹の花は、虫媒花。
風ではなく、小さなハナムグリやハナバチが
花粉を運ぶ。
香りはそのための言葉であり、
蜜は招きの贈り物。
シイやカシの森では、
春の一瞬が一年の命を決める。
虫と木の呼吸が合うわずかな時間、
森はまるで生きもののようにざわめく。
🌾 花のあと
受粉が終わると、花は静かに落ちる。
その下には、次の季節を待つ小さな実ができている。
ドングリになるまで、森はまた黙って育てる。
春の香りが消えるころ、
森はもう夏の支度をしている。
🌙 詩的一行
香りは、森が咲くという記憶。
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