スコットランド高地に赤い影が戻ってきた
― ヨーロッパアカリス、再導入から10年で分布25%拡大(12月5日)
かつて、イギリスの森で当たり前のように見られたヨーロッパアカリス。
その小さな体は、伐採と駆除、そして外来種の灰色リスによって、
20世紀の間に静かに追い詰められていった。
ところが2025年、スコットランド高地から届いた報告は、
その流れを少しだけ逆向きにするニュースだった。
再導入プロジェクト開始から約10年で、赤リスの分布域が25%以上広がったというのだ。
■ 「森に帰していく」――木箱に揺られて移動するリスたち
スコットランドのリワイルディング団体 Trees for Life は、2016年から、
インヴァネス周辺やモレー地方など、健全な個体群が残る地域から、
小さな群れ単位で赤リスを移送してきた。
リスたちは、干し草とエサを入れた特製の木箱に入れられ、
長距離のストレスを減らすよう配慮されながら、
灰色リスのいない北西ハイランドの森へと運ばれていく。
1つの森から取り出す個体数はごく少なく抑え、
移送先では健康チェックとエサやりを行い、
新しい森に馴染めるまで人がそっと見守る。
こうして10年のあいだに、
少なくとも12か所以上の森に235頭以上が再導入され、
それぞれの場所で繁殖し、じわりと分布域を広げている。
■ スコットランド高地は、赤リスの最後の「砦」
イギリス全体に残る赤リスは、推定でおよそ20万頭。
そのうちの約8割がスコットランドに集中している。
かつて島全体に広がっていた森は、いまや断片化され、
リスたちは「森の島」に閉じ込められているような状態だ。
赤リスは、広い草地を渡って新しい森へ移動するのが苦手だ。
だから人が少し手を貸さなければ、
いつまでたっても「取り残された森」から出ることができない。
再導入プロジェクトは、
この「森の島」のあいだに生き物の橋をかける作業でもある。
■ 赤い影が運ぶもの ― 種子と森の時間
赤リスは、単なる“かわいい動物”ではない。
彼らは木の実や種子をあちこちに埋め、
その一部を「うっかり忘れる」ことで、
新しい木を芽生えさせる小さな森づくりの担い手でもある。
スコットランドの古い森――スコッツパインや白樺の林は、
そうした生き物たちの動きに支えられて、ゆっくりと広がっていく。
赤リスの再導入は、
1つの種を救う取り組みであると同時に、
森そのものの時間を取り戻す試みでもある。
まだ灰色リスの侵入やウイルスのリスクは残っている。
それでも、高地の森のあちこちで、
赤い尾の影がふたたび枝の間を跳ねはじめている。
🌍 せいかつ生き物図鑑・世界編
― 変わりゆく森を見つめる観察記 ―出典:Trees for Life プロジェクト報告/The Guardian “Red squirrels expand across Highlands after 10-year reintroduction drive”(2025年) ほか
🌎前回の記事→ 草原の跳ね鳥が追い出される日― インド・Lesser Florican の聖域が「3分の1」に縮小
📚関連→ リスの生態図鑑へ
📖 他の記事はこちら
コメント