― 水が覚えていること ―
川は忘れない。
雪が溶けた日も、風が止まった夕暮れも、
そこを泳いだ魚たちの光も。
水の中には、季節の記憶が静かに沈んでいる。
💧 水の中の記憶
水には形がない。けれど、流れの中には確かな「痕跡」が残る。
石に触れた冷たさ、森の影の深さ、風が渡るときの音。
そのすべてが記憶として溶け、川の底に重なっていく。
生まれた川を探し当てる鮭は、嗅覚だけでなく、
水に含まれる“ひとつの場所だけの匂い”を頼りに帰る。
温度、音、光――それらが体に刻まれた記憶として残り、
彼らの最後の旅を導いていく。
🐟 魚の記憶、人の記憶
人もまた、水に記憶を託してきた。
流し雛、川祭り、初漁の祈り――いずれも、命を流れに帰す儀礼だ。
川を見つめるとき、人は自分の過去や願いをそこに重ねる。
一つの川には、何百年という時の層が沈んでいる。
村の声、子どもの笑い、冬を越した煙の匂い。
それらが混じり合い、鮭の旅に新しい命の色を添えていく。
🌲 川が覚えているもの
川の流れは、生と死の境目を曖昧にする。
鮭の体が朽ちて森に吸い込まれるとき、
その栄養は木の葉となり、やがてまた川へ戻っていく。
記憶は水だけでなく、森にも蓄えられていくのだ。
川の姿は時代とともに変わる。護岸の石、堰の高さ、流速の違い。
それでも“かつての流れ”は完全には失われない。
春の雪解けが来るたび、水は一瞬だけ昔の姿を取り戻す。
そこに、川という存在の記憶が息づいている。
🌌 記憶は未来を呼ぶ
記憶は、過去を留めるためだけのものではない。
次の命を支えるための土台でもある。
鮭が帰ることで、川は再び栄養を得て、季節の循環が動き出す。
水はすべてを流していく。だが、本当に残すべきものだけは沈んでいく。
光の粒になり、匂いになり、音になって揺れ続ける。
人も鮭も、その記憶の中で未来へ向かっているのだ。
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