― 時の流れの中を ―
川の水は一方向に流れていくのに、鮭はその流れを逆にさかのぼる。
海へ下り、また川へ帰る回遊の中に、人は「時間の形」や「命のめぐり」を見てきた。
ここでは、鮭の一生を通して、流れていく時間と戻ってくる季節について考えてみる。
目次
🌊 流れと記憶
川の流れは、時間のように一方通行だ。
生まれた水は、同じ形では二度と戻らない。
けれど鮭は、その流れを逆に進み、生まれた川へと帰ってくる。
その行動は、まるで「過去をたどる」ようにも見える。
科学的には、川の匂いや水の成分を覚え、長い距離を移動していると考えられている。
しかし、人はそこに本能だけでは説明しきれない「懐かしさ」のような感覚を重ねてきた。
遠く離れた場所から、かつていた場所へ戻っていく姿は、失われた時間へ向かうようにも感じられる。
⏳ 川を遡る時間
鮭が川を遡るとき、その流れの中には「過去」と「未来」が同時に存在している。
下流には生まれた日の水の記憶があり、上流には次の命を託す産卵場所がある。
一匹の魚の一生の中で、時間が円を描くような瞬間だ。
人の時間は直線的に進んでいくものとして感じられやすいが、鮭の一生は輪のように戻ってくる。
生まれては海へ下り、成長して帰り、また新しい命が同じ川から出ていく。
その繰り返しは、「終わり」よりも「つながり」を強く意識させる時間のあり方といえる。
🌸 季節という永遠
毎年の季節は少しずつ違う。
雪解けの速さ、雨の量、川の水温や水量――どれも同じ年はない。
それでも、人はそこに「いつもの季節」が来たと感じる。
変化と繰り返しが重なったところに、季節のリズムが生まれている。
秋の川を上る鮭も、去年と今年では別の個体だ。
しかし、光の差し方や川音、冷たい空気の感触は、どこか同じところがある。
鮭はその季節の一部として現れ、命が入れ替わることで、季節そのものが続いていく。
個々の命は途切れても、川と季節のリズムは静かに受け継がれていく。
🔄 命の輪の中で
鮭の生涯は、時間の中に浮かぶひとつの輪のようだ。
川で生まれ、海で成長し、再び川へ戻って命をつなぐ。
その体はやがて川底に沈み、森や他の生き物の栄養となる。
こうして一匹の鮭の一生は、別の命の始まりへとつながっていく。
私たち人間の暮らしもまた、この輪の外側にあるわけではない。
川の水、海の気候、森の養分――そのどれもが、食べ物や生活を通して日々の命を支えている。
川を遡る鮭の姿を眺めることは、自分の時間もまたこの大きな流れの中にあると気づくきっかけになる。
🌙 詩的一行
夕暮れの川で、上っていく鮭の影だけが、過ぎた時間をそっと逆になぞっていた。
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