サギは、未来を語らない。
水辺に立ち、獲物を待ち、飛び立つ。
それは昔から変わらない行動であり、
これからも変わらない。
変わるのは、
サギではなく、
サギが立てる場所のほうだ。
この最終回では、
湿地と人のあいだで、
サギがどのような位置に立ち続けるのかを見ていく。
🪶 目次
🌊 1. 湿地が減るという現実
干潟、湿地、氾濫原。
サギが利用してきた場所は、
世界的に減少している。
開発、
治水、
土地利用の変化。
水辺は管理され、
境界は固定されていく。
変化に適応できない場所から、
サギは姿を消す。
それは絶滅の話ではなく、
立てる場所の話だ。
🏗️ 2. 人の管理する水辺
一方で、
人が作った水辺も増えている。
調整池、
農業用水路、
都市河川。
そこには、
自然とは異なる制約がある。
水位は操作され、
植生は管理され、
立ち入りも制限される。
サギは、
その条件の隙間を使う。
👁️ 3. 残る場所で生きるサギ
サギは、
理想的な環境を求めて移動する鳥ではない。
利用できる条件があれば、
そこに立つ。
都市の水辺で見かけるサギは、
適応の象徴ではない。
選択肢が減った結果として、残っている。
その姿は、
生き延びる力であると同時に、
環境の余白を示している。
🔁 4. 共存は続きかたの問題
サギと人の関係は、
対立か保護か、
という単純な話ではない。
水辺をどう使い、
どこまで管理し、
どこを残すか。
その積み重ねの中で、
サギは立てたり、立てなかったりする。
共存とは、
特別な行為ではなく、
続きかたの選択だ。
🌾 詩的一行
サギは、湿地と人のあいだで、今日も立てる場所を探している。
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