🍄きのこ16:火と香り ― 炭火の上の森

炎の中で、森がもう一度息をする。


囲炉裏の火がぱちぱちと鳴る。
炭の赤が、静かな台所をゆらす。
その上に網を置き、
シイタケをひとつ、そっと乗せる。
焼けた傘の裏から、透明な汁があふれ、
火に触れて“じゅっ”と音を立てる。

その瞬間、香りが立つ。
土と木と雨の記憶を混ぜたような匂い。
森の中で感じた空気が、
家の中に戻ってくる。

火で焼くという行為は、
森をもう一度「生き返らせる」ことだ。
きのこは炎に出会うことで、
その香りを通して森を語り始める。


🔥 焼くという祈り

焼きシイタケ、焼きマツタケ、網焼きナメコ。
どれも単純な料理なのに、
人は火の前に座って見つめてしまう。

火の赤は、森の生命の色。
炭はかつて木だったものであり、
その上で森の果実が再び香りを放つ。
これは、命の輪を人の手で描き直す儀式のようでもある。

焼くことは、供養でもあり、感謝でもある。
森の命を口にする前に、
一度、炎を通して“清める”ような感覚がある。


🌾 香りの文化

マツタケの香りは、火に出会って完成する。
その香りを嗅ぐと、人は秋を思い出す。
香りは記憶そのもの。
味よりも先に、心に届く。

かつて炭火を囲んで食べた食卓では、
家族の会話もまた香りの中にあった。
今はガスやIHが主流になっても、
炭の匂いを嗅ぐだけで、
身体が“山の時間”を思い出す。

火と香りの文化は、
人の暮らしの奥に沈んで、
今も静かに息をしている。

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