現代社会において、 カビは「自然現象」としてよりも、 管理対象として語られることが多い。
どれだけ発生しているか。 どこに、どの程度あるのか。 それは感覚ではなく、 測定と数値によって判断される。
カビとの関係は、 好き嫌いの問題から、 コントロールの問題へと移行してきた。
🦠 目次
📊 1. 見えないものを測るという発想
現代では、 カビは目に見えたときだけ問題になるわけではない。
空気中の胞子数、 湿度、温度、換気量。 それらが数値として扱われる。
これは、 危険を減らすための有効な方法である一方、 存在そのものを許容しない視点を生み出した。
カビは、 「いるか・いないか」ではなく、 「基準値を超えているか」で判断される。
🧰 2. 管理される環境 ― 家・職場・施設
住居、職場、医療施設。 人が長く滞在する場所ほど、 管理は厳密になる。
換気、除湿、清掃。 それらは快適さだけでなく、 安全の象徴として機能する。
このときカビは、 自然の一部ではなく、 管理が行き届いていない証拠として扱われる。
責任の所在は、 環境そのものよりも、 管理する側へと向けられる。
⚙️ 3. 「ゼロ」を目指す思想
現代社会では、 リスクは可能な限り減らすべきものとされる。
その結果、 「カビが存在しない状態」が 理想として描かれる。
だが、 完全な排除は現実的ではない。
カビは空気中にも、 屋外にも、 常に存在している。
「ゼロ」を目指す思想は、 管理を高度化させる一方で、 不安を増幅させる側面も持つ。
現代のカビ観は、 安全と安心のあいだで、 揺れ続けている。
🫧 詩的一行
カビは、管理しきれない自然を思い出させる存在でもある。
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