フェンスが止めた「ヌーの大移動」
― ケニアで9割失われた回遊が示す、生態系の静かな崩れ ―(2025年12月)
野生動物の危機というと、密猟や干ばつが思い浮かぶ。
だが、もっと静かで、見えにくい脅威がある。
移動できなくなることだ。
2025年末に報じられた研究と調査によって、ケニア南西部・マサイマラ生態系で行われてきたヌーの年次大移動が、約90%縮小している実態が整理された。
原因は、フェンスによる土地の分断だ。
■ 何が起きている?:移動できない草食動物
ヌーの大移動は、雨季と乾季に合わせて草を追い、数十万頭が数百キロを移動する行動として知られてきた。
この移動は「逃げ」ではなく、生き延びるための設計だ。
ところが近年、農地拡大・私有地化・家畜管理を目的としたフェンスが増え、移動経路が寸断されている。
研究によれば、かつて使われていた回遊ルートの多くが遮断され、長距離移動ができない群れが増えた。
■ 数字で見る変化:回遊が9割失われた
報道では、衛星データと長期観測をもとに、以下のような変化が示された。
- 年次大移動の規模:約90%減少
- 移動距離の短縮(季節移動が局所化)
- 乾季の死亡リスク上昇(草・水へのアクセス低下)
数が減っただけではない。
「移動する」という行動そのものが、成立しなくなっている。
■ なぜフェンスが致命的なのか
フェンスは一見、静かで無害に見える。
だが移動性動物にとっては、致命的な障害になる。
- 干ばつ時の逃げ場がなくなる
- 遺伝的交流が減る(近親化リスク)
- 捕食・病気への耐性が下がる
- 草原の更新サイクルが崩れる
ヌーの移動は、草を食べ、踏み、肥料を落とし、草原を再生させる循環でもあった。
回遊が止まることは、生態系全体の回転数が落ちることを意味する。
■ 気候変動との重なり:動けない年が来る
この問題は、土地利用だけの話では終わらない。
干ばつや降雨の不安定化が進む中で、移動できない草食動物は、その年の天候に賭けるしかなくなる。
気候変動が「当たり年・外れ年」を増やすほど、
移動性を失った個体群は、一気に崩れる危険を抱える。
■ 対策はあるのか:フェンスをどう扱うか
研究や保全関係者が強調するのは、フェンスを「全部なくす」ことではない。
重要なのは、通れる場所を残すことだ。
- 回遊回廊(コリドー)の確保
- 季節限定で開放されるフェンス設計
- 土地所有者との協調管理
- 衛星データによる移動監視
移動を完全に守るのは難しくても、
「完全に止めない」設計は可能だとされている。
■ この話は遠い国の問題か?
道路、柵、都市、農地。
移動を妨げる構造は、世界中で増えている。
シカ、ゾウ、トナカイ、魚の回遊。
「動けること」を前提に進化してきた生き物ほど、
静かな分断に弱い。
■ まとめ
- ケニアでヌーの年次大移動が約9割失われた
- 主因はフェンスによる土地分断
- 移動の喪失は生存・繁殖・生態系機能に直結する
- 気候変動と重なることでリスクはさらに高まる
- 鍵は「完全遮断しない土地設計」
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参考:The Guardian(2025年12月29日)/Atlas of Ungulate Migration 関連研究
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