ホッキョクグマのDNAが「実環境」で動き始めた
― 温暖化が進むグリーンランド南東部、“跳ぶ遺伝子”が示した変化 ―（2025年12月）
北極の海氷が痩せていくほど、ホッキョクグマは狩り場を失う。
この種は海氷の上からアザラシを狙う生き方に強く依存してきたため、温暖化の影響は「生息地そのもの」を削っていく。
そんな中、グリーンランド南東部に暮らす一部のホッキョクグマで、遺伝子の働き方（発現）と、ゲノム内の“跳ぶ遺伝子”の活動が、環境の違いとともに変化していることを示す研究が報告された。
「適応の兆し」として注目される一方で、研究者は同時に、これは“余裕のある進化”ではなく、追い込まれた環境の中で起きている可能性も示唆している。
■ 研究の焦点：南東部のクマは「より暖かい場所」で生きている
今回の研究が比較したのは、グリーンランド内でも環境が大きく異なる地域の個体群だ。
より寒冷で海氷条件が比較的安定した北東部の個体群と、気温が高く海氷が乏しくなりやすい南東部の個体群。
南東部のホッキョクグマは、海氷の少なさを補うように、氷河から流れ出す淡水の氷（氷河氷）を足場に狩りをすることが知られている。
この「海氷の代わりの足場」は、温暖化で海氷が弱るほど、皮肉にも重要性が増す。
■ “跳ぶ遺伝子”とは何か：ゲノムの中を動く要素
研究で鍵として扱われたのが、トランスポゾン（transposable elements）と呼ばれるDNA要素だ。
俗に「ジャンピングジーン（跳ぶ遺伝子）」とも言われ、ゲノムの中で位置を変えたり、コピーを増やしたりすることがある。
これらは長い進化の中で多くの生物に存在しており、通常は抑え込まれていることも多い。
しかし強い環境ストレス下で活動が変わると、遺伝子の働き方に影響し、結果的に「体の反応の仕方」を変える可能性があると考えられている。
■ 研究で示されたこと：南東部で“活動の違い”が大きい
研究チームは、ホッキョクグマのトランスクリプトーム（どの遺伝子がどれだけ働いているか）のデータを解析し、
北東部と南東部で、トランスポゾンの活動（発現）に差があるかを調べた。
報告によれば、南東部の個体群では、トランスポゾンの中でも特にLINE系の要素が目立ち、
北東部と比べて活動の差が大きい領域（ホットスポット）が確認されたという。
さらに、遺伝子発現の違いとして、熱ストレス、代謝、加齢（老化）などに関わる反応と関連する可能性が語られている。
「食べものが変わる」「脂肪の使い方が変わる」「暑さへの負担が増える」――
そうした環境の変化が、分子レベルでの反応の違いとして現れている、という読み方ができる。
■ これは“希望”なのか：研究者の慎重な見方
この話は、「ホッキョクグマが温暖化に適応できる」と単純に言い切れるものではない。
むしろ研究者が強調するのは、適応の兆しが見える一方で、種全体の危機が消えたわけではないという点だ。
トランスポゾンの活動は、ときに適応の素材になり得るが、同時にゲノムの安定性を揺らすリスクも含む。
つまりそれは、「うまくいけば助けになる」かもしれないが、追い詰められた状況で生じる“最後の変化”である可能性も否定できない。
■ それでも重要な理由：南東部個体群は“自然実験”になっている
南東部のホッキョクグマは、地理的・環境的条件により、他地域と異なる圧力を受けている。
同じ種の中で、環境の違いが「生き方」だけでなく「分子反応」にまで影響しているなら、
それは将来の保全策を考える上で、非常に大きな手がかりになる。
ただし、どんなに分子レベルで変化が起きても、海氷の消失が止まらなければ狩りの場は戻らない。
この研究は、希望の物語というより、変化の速度が生き物を追い越していく現実を、別の角度から示している。
■ まとめ
- グリーンランド南東部のホッキョクグマで、環境の違いとともに遺伝子発現や“跳ぶ遺伝子（トランスポゾン）”活動の差が報告された
- 熱ストレス・代謝・加齢などに関わる反応の違いが示唆され、適応の兆しとして注目される
- 一方で、これは「安全な進化」ではなく、強い環境圧の中で起きている可能性があり、楽観はできない
- 個体群の特性は保全の手がかりになり得るが、根本には海氷減少という現実がある
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― 氷が痩せる場所で、遺伝子が動く ―出典：University of East Anglia（研究紹介）／学術誌 Mobile DNA（論文）／関連報道
参考：UEA 公式リリース
参考：Mobile DNA 論文ページ
背景：SEグリーンランド個体群（NSIDC）🌎前回の記事→サンゴ再生に向けた受精技術が進展― 消えゆくサンゴ礁に、人の手ができること ―
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