洞窟に隠れる海の影

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洞窟に隠れる海の影
― 観光の海で生き延びる、地中海モンクアザラシ ―(2025年12月)

エーゲ海の青い水面の下。
人の目に触れない岩の奥で、
ひとつの古い種が、
静かに息をひそめている。

地中海モンクアザラシ(Mediterranean monk seal)
世界で最も希少なアザラシのひとつだ。

かつては、
地中海全域の砂浜で子を産み、
人の暮らしのすぐそばで生きていた。

だが今、
彼らが選ぶのは、
人の近づけない洞窟の奥だ。

■ 観光の海が、居場所を奪った

地中海モンクアザラシが減った理由は、
乱獲だけではない。

20世紀以降、
地中海沿岸は急速に観光地化された。
砂浜はリゾートになり、
港は拡張され、
人の往来が途切れなくなった。

その過程で、
アザラシが繁殖に使ってきた浜は、
次々と失われた。

残された選択肢は、
暗く、狭く、波に洗われる洞窟だけだった。

■ 洞窟で子を産むという、危うさ

洞窟は安全に見える。
だが、
それは同時に危険な場所でもある。

嵐や高潮が起きれば、
洞窟の奥まで波が入り込み、
生まれたばかりの子が流されることがある。

実際、
地中海モンクアザラシの個体数は、
一度回復の兆しを見せながらも、
突発的な気象条件で再び落ち込むことが繰り返されてきた。

■ 保護区はある。それでも足りない

ギリシャやトルコを中心に、
海洋保護区は設けられている。

だが、
専門家が指摘するのは、
「線を引いただけでは守れない」という現実だ。

保護区の外では漁が行われ、
観光船が近づき、
洞窟の位置が知られれば、
人は必ず見に行く。

モンクアザラシにとって、
最大の脅威は、
敵意ではなく、
「無自覚な接近」だ。

■ 日本の海と、遠くない話

日本でも、
海辺の開発と観光は、
長く続いてきた。

アシカやトド、
かつてのニホンアシカの歴史を見れば、
「人の近さ」が、
どれほど生き物を追い込むかは明らかだ。

地中海モンクアザラシの洞窟は、
遠い国の特殊な話ではない。

それは、
人が海に近づきすぎたとき、
何が起きるかを映す鏡でもある。

■ 見えなくなったから、守られたのではない

洞窟に隠れるようになったから、
この種は生き延びた。

だがそれは、
守られた結果ではなく、
追い込まれた末の適応だ。

青い海の裏側で、
ひとつの影が、
今日も人を避けて息をしている。

🌍 せいかつ生き物図鑑・世界編
― 観光の海と、見えなくなった命 ―

出典:欧州の保全団体・研究者報告/地中海沿岸での現地観測

🌎前回の記事→ 人のいない島が、命を守った― 絶滅危惧イグアナが戻ったカリブ海の小島 ―

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