ヒマラヤ、後退する氷河がつくる新しい世界

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ヒマラヤの氷がほどけていくとき
― コラホイ氷河がつくる「新しい世界」(12月10日)

ヒマラヤ西部、インド・カシミール。
そこに、長いあいだ谷の水と森と牧草地を支えてきた氷河がある。
Kolahoi(コラホイ)氷河

かつて「カシミールの水の源」と呼ばれたこの氷河は、
今、目に見えるかたちで痩せ細り、
その周囲の世界まで静かに変えつつある。

衛星観測や現地調査によると、
コラホイ氷河は過去数十年のあいだに氷河面積のおよそ4分の1を失い
1970年代以降だけでも約900m後退したと報告されている。

■ ヒマラヤの氷がほどけるとき ― 数字が示す変化

この地域の研究者たちは、
気温上昇や雪の減少に加え、
車両の排気や薪の煙、観光開発による汚れが
氷の表面を暗くし、融ける速度をさらに早めていると指摘する。

コラホイ氷河だけではない。
ジャンムー、カシミール、ラダックにある約1万8000の氷河のうち、
すでに25〜30%が失われた可能性があるとする推計もあり、
このまま進めば今世紀末までに最大70%が消えるおそれがあるという。

その影響は、山の上だけにとどまらない。
コラホイ氷河が水を送ってきたリダー川流域では、
1980年以降、農地面積がおよそ40%減少したという研究結果もある。

■ 生き物たちが「道を探し直す」山

氷河が後退すると、
その下から新しい岩や草原があらわれる。

高山植物はいつもより早く花を咲かせ、
そこに集まる昆虫や、花粉を運ぶ生き物たちのリズムがずれていく。

ムスクジカやアイベックスの放牧地は狭くなり、
エサを追って移動するうちに、
雪ヒョウなどの捕食者が、人里近くで目撃されることも増えた。

「動物たちが、何が起きているのか
分からないように見える」と、現地の牧夫は語る。
山の生き物たちは、
氷が消えたあとの世界で、新しい道を探している。

■ 水と農の景色が書き換えられていく

氷河の融け水は、
田んぼやリンゴ園、サフラン畑、放牧地をうるおしてきた。

しかし近年、村に続く用水路は、
例年より早く初夏のうちに枯れてしまうことが増えた。

「いちばん厳しかったと言われる1990年代でさえ、
ここまで早く水が尽きることはなかった」と、
ある農家は取材にそう答えている。

水が足りなくなると、
作付けできる畑の面積は減り、
牧草地も痩せていく。

氷河の変化は、
森・湿地・草原を少しずつ書き換えながら、
そこで暮らす人と生き物の関係までも
押し流していく。

■ 氷のあとにあらわれる「新しい世界」

研究者たちは、
コラホイ氷河を「この地域でもっとも劇的に変化している場所のひとつ」だと述べる。

氷が退いたあとには、
新しい高山草原が生まれ、
これまで見られなかった植物が入り込み、
生態系のバランスが静かに組み替えられていく。

それは同時に、
長く続いてきた水と農と暮らしのかたちが
少しずつ終わりを迎えつつある、ということでもある。

ヒマラヤの氷がほどけていくその下で、
山も、生き物も、人の暮らしも、
あたらしい世界のかたちを探している。

🌍 せいかつ生き物図鑑・世界編
― ヒマラヤに生まれる新しい風景 ―

出典:The Guardian “『Even the animals seem confused』: a retreating Kashmir glacier is creating an entire new world in its wake”(2025年) ほか

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