波打ち際の静かな観測記録

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波打ち際の静かな観測記録
― 環境省「磯・干潟モニタリング速報」が映す日本の海辺 ―

2025年12月5日、環境省・生物多様性センターは、
全国の磯と干潟を対象にした最新のモニタリング速報を公開した。
名前だけ聞くと地味なニュースだが、そこには
「日本の海岸線で、いま何が起きているのか」という静かな答えが積み重ねられている。

砂浜の裏側で、潮が引いた干潟で、岩のすき間で。
目立たない小さな生きものたちを、20年以上にわたって見続けてきた記録が、
ようやく少しずつ「変化のかたち」を見せ始めている。


■ モニタリングサイト1000沿岸域調査って何をしているのか

環境省の「モニタリングサイト1000」は、
日本各地の 高山・森林・草原・里地・川・湖・砂浜・沿岸域・サンゴ礁・小島嶼 など、
約1,000か所で生態系の変化を長期的に追いかけるプロジェクトだ。

その中で沿岸域は、

  • 磯(岩場)
  • 干潟
  • アマモ場
  • 藻場
といった「陸と海の境界」にある場所を対象に、
そこに住む生きものや環境の変化を記録している。

磯調査では、全国の代表的な磯で、
「岩に付着して動かない生きもの(固着性生物)」 を定期的に調べている。
海藻、フジツボ、カキ、ホヤ、カイメン…。
派手さはないが、磯という生態系の“骨格”を支えているメンバーたちだ。

干潟では、砂泥の中に暮らすゴカイ、カニ、二枚貝などの底生生物や、
その上に立ち寄るシギ・チドリ類のような水鳥たちを通して、
「泥の下と上」で起きている変化 を見ている。


■ 磯で分かってきたこと ― 小さな岩場が教えてくれること

生物多様性センターの「磯調査」ページを見ると、
この20年あまりの調査から、少しずつ傾向が見えてきている。

たとえば、房総半島から紀伊半島にかけての沿岸(安房小湊・大阪湾・南紀白浜など)では、
固着性生物の種数と多様性指数が高い状態が続き、
「磯の生きものが比較的豊かな状態で維持されている」ことがわかってきた。

一方で、調査地点によっては、

  • 海藻が減り、岩肌が目立つようになってきた場所
  • 外来の海藻や付着生物が入り込み、顔ぶれが変わった場所
  • 夏場の岩の表面温度が上がりやすくなっている場所
なども報告されている。

こうした変化は、
一度のニュースでは取り上げられないほど“小さい”。
けれど、10年・20年と積み重ねたグラフを見ると、
「海がじわじわと別の姿へ向かっている」ことがにじみ出てくる。


■ 干潟のデータが映す、見えにくい劣化と回復の兆し

干潟は、埋め立てや護岸工事、河川改修の影響を受けやすい場所だ。
調査結果のとりまとめや過去の報告書を見ると、
「干潟そのものが失われるケース」 だけでなく、
残った干潟で底生生物の種数が減る傾向も指摘されている。

たとえば、かつては潮が引くと無数の穴があった場所で、
ゴカイの数が減り、ハクセンシオマネキの群れが姿を消し、
シギ・チドリの立ち寄りも少なくなる――そんな変化だ。

しかし一方で、地域によっては、
・護岸を一部自然に戻す試み
・干潟再生プロジェクト
・ラムサール条約登録湿地での保全活動
などによって、「生きものの数が戻りつつある」事例も報告されている。

モニタリング速報は、その“減少”と“回復”の両方を、
黙々と記録し続ける役割を担っている。


■ なぜいま「磯・干潟モニタリング」が重要なのか

磯や干潟は、
観光パンフレットに載ることは少ないが、
海と陸を結ぶ「フィルター」のような場所でもある。

川から流れてきた栄養や土砂を受けとめ、
微生物や底生生物がそれを分解し、
カニや魚や鳥がそれをつないでいく。

ここが痩せれば、
沿岸の漁業、生きもののゆりかご、海の透明度、
そして私たちの食卓にまでじわじわと影響が出る。

だからこそ、
磯や干潟を「レジャーの背景」ではなく、
“ひとつの大事な生態系”として見つめ直す必要がある。

モニタリングサイト1000の沿岸域調査は、
そのための“長い目”を社会に提供しているとも言える。


■ 数字の向こう側にある、海辺の風景を想像する

速報には、種名や出現数、地点名が静かに並んでいるだけだ。
でも、その数字の向こうには、
潮のにおい、岩のぬめり、干潟を歩く子どもの足あと、
小さなカニが一斉に穴へ消える気配がある。

海岸線の変化は、一気には見えない。
10年前の記憶と、いま目の前にある磯や干潟を重ね合わせて、
ようやく「何かが違う」と気づく。

その気づきを支えるために、
モニタリングサイト1000は、これからも
潮の満ち引きに合わせて静かにデータを積み上げていく。

私たちは、その数字をときどき覗き込みながら、
足元の海辺で何が起きているのかを想像してみるだけでもいいのかもしれない。

🌊 せいかつ生き物図鑑・国内ニュース(日本の海辺)
― 磯と干潟のいまを見つめる静かなモニタリング ―

出典:環境省 生物多様性センター「モニタリングサイト1000」沿岸域調査速報・磯調査ページ・第4期とりまとめ報告書概要版 ほか

📖 モニタリングサイト1000 磯調査の公式ページはこちら

📖前回の記事→ 海が変わり、真珠が育たなくなる日― アコヤ真珠を支えてきた海と人の危機 ―

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