― 乾いた草原の向こうに、低く丸い体つきのウマが静かに歩いていく。風が地面の草を揺らすたび、その体が少し波打つように見え、茶色い毛並みが陽に溶けていく。人の飼育下で形づくられた家畜馬とは違う、どこか“原型”を思わせる姿。そこには野生の時代をまっすぐ残したウマ――モウコノウマ(タヒ)の気配がある。
かつてタヒは、ユーラシア大陸の草原に広く分布していた。しかし20世紀前半、狩猟や環境の変化によって野生個体は姿を消し、一時は“野生絶滅”とされた。だが、わずかに残された飼育下の個体群から保全が始まり、今ではモンゴルの草原に再びその姿を見ることができる。これは、野生ウマの中でも唯一、“純粋な野生種”として残るウマであり、家畜化の影響を受けない数少ない存在だ。
ここでは、タヒの特徴・生活・野生復帰の歴史を見つめ、失われかけた命がもう一度草原へ戻るまでの物語に触れていく。
基礎情報:モウコノウマ(タヒ)
- 分類: ほ乳類目 ウマ科 ウマ属
- 和名: モウコノウマ(タヒ)
- 学名: Equus ferus przewalskii
- 英名: Przewalski’s horse
- 分布: モンゴル国フスタイ国立公園・タキン・ヘルレン川流域など
- 生息環境: 半乾燥の草原・ステップ地帯
- 体高: 約120〜140cm
- 体重: 約250〜350kg
- 体色: 黄褐色の「ダン」、立て髪は黒く短い
- 食性: 草食(イネ科植物中心)
- 保全状況: 絶滅危惧種(IUCN EN)※野生復帰プログラム進行中
🌾 1. 形態と特徴 ― 家畜馬との違い
タヒは、見た目からして家畜馬(Equus caballus)とは明確に違いがある。
- 体がずんぐりしている:重心が低く、頑丈で野生向きの体型
- 短い首と太い脚:外敵への反応が素早く、安定感がある
- 立て髪が短く直立:家畜馬のように垂れないのが特徴
- 肩〜背中の“ドーラルストライプ”:背に黒い縦線が入る原始的特徴
- 顔が少し丸い:骨格が厚く、やや野生的に見える
これらの特徴は、家畜化されていない“純粋な野生種”の原始的形質として残っている。
👥 2. 群れと生活 ― 母系を中心とした野生の秩序
タヒも他の野生ウマ同様、母馬を中心とした小さな群れで生活する。
- 家族単位の群れ:メス・子ども・若いオスが中心
- オスは成長後に群れを離れる:独身群や新しいハーレムを作る
- 警戒心が非常に強い:危険や影の変化に敏感に反応する
- 採食と移動を繰り返す:ステップ地帯を広く歩いて草を探す
タヒの群れは、“逃げる能力”を最大化するための協調行動が基本にあり、 家畜馬のように人に近づくことはまずない。
🌍 3. 生息地と行動 ― 過酷な草原を移動する
タヒが暮らすモンゴルのステップは、夏は熱く、冬は氷点下40度の寒さとなる過酷な環境だ。
- 季節で移動距離が変わる:餌のある場所まで数十キロ移動
- 乾燥に適応:水場が少なくても耐えられる体
- 短い草を食べる:地面に近い草を効率よく採食
- 夜間の動き:涼しい時間に長く歩く
この環境を生き抜く力こそ、タヒが“最後の野生ウマ”と呼ばれる理由だ。
🛡️ 4. 野生復帰の歴史 ― 絶滅からの再出発
20世紀前半、タヒは記録上野生絶滅とされ、飼育個体だけが細々と残った。しかし、各国の動物園が協力して繁殖計画を進め、1980年代以降、モンゴルへ野生個体を再導入するプロジェクトが開始された。
- 残った個体はわずか14頭:遺伝的ボトルネックを抱えた再建だった
- 動物園同士の協力:血統管理による繁殖計画が必須
- 1990年代から再導入:フスタイ国立公園などで野生復帰が進行
- 現在は安定化:野生個体が数百頭規模に回復
これは世界的にも珍しい“野生絶滅からの復活成功例”であり、多くの研究者・保全団体による長年の努力の結晶である。
🌙 詩的一行
黄褐色の影が、風の音だけを連れて草原の奥へ消えていった。
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