🐟鮭19:川の声 ― 命が還る場所 ―

サケシリーズ

― 水音の向こうに ―

川は、静かに語り続けている。
岩を撫でる音、泡の弾ける響き、流れの奥の深い呼吸。
その声の中へ、鮭は最後の力で戻ってくる。
命が還るということ――その意味を川は知っている。

目次


💧 川の声を聞く

秋の川は、音を変える。
夏よりも低く、深く、ゆっくりとした響きになる。
その水音の奥には、何百もの命の気配が重なっている。
鮭が近づくと、水はかすかに震え、流れが呼吸するように見える。

耳を澄ませば、川は確かに語りかけてくる。
「帰っておいで」とも聞こえ、
「ここで休んでいい」とも聞こえる。
言葉ではないのに、心だけが理解していく声だ。

🌊 命が還る流れ

遡上の終盤、鮭の体は大きく変わる。
鱗ははがれ、体は細り、尾には裂け目が走る。
それでも目だけは澄んでいる。
川の奥へ――その一心だけが残っている。

産卵床が作られ、小石の下に命が託されると、
鮭の旅は静かに幕を閉じる。
しかし死は終わりではない。
その体は森の土へ溶け、草を育て、虫を育て、
やがて次の季節の命を支えていく。

🌿 土と水のあいだで

川辺の土には、鮭の残した栄養が染み込む。
雨が降るたびにそれが流れ、
森の根が吸い、木々が葉を広げる。
そして落ち葉が川を覆い、稚魚の隠れ場所になる。
川と森は、鮭の体を通して深くつながっている。

命が終わったあとの静けさは、空白ではない。
次の季節を満たすための“間”の時間。
川はその間さえも記憶して、流れ続けている。

🕊 祈りの静けさ

夕暮れ、川面に光が落ちる。
葉がひとつ流れるたび、
水はその影を受け止めてやさしく揺らす。
そこには「祈り」という言葉よりも静かな、
深い時間が漂っている。

命は終わらない。
ただ姿を変え、流れを変え、
また次の命へと受け渡されていく。
川が語る声は、その循環のことを静かに教えている。

🌙 詩的一行

薄明の川面で、消えた命の光だけがそっと流れを照らしていた。


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