失われた命と、静かな島の時間
南の島の森から、ひとつの音が消えた。
それは誰にも気づかれないまま、静かに終わっていた。
オーストラリア政府は10月24日、
クリスマス島トガリネズミ(Christmas Island Shrew)の絶滅を正式に宣言した。
この小さな哺乳類は、インド洋の孤島・クリスマス島にだけ生きていた。
最後の目撃記録は1985年。
その後、幾度も再調査が行われたが、
森の奥にその姿はもう見つからなかった。
原因は、人が持ち込んだものだった。
ネコやネズミ、そして感染症。
外来種が島に広がり、
生態系のバランスはゆっくりと崩れていった。
捕食され、病に倒れ、繁殖の機会を失い、
いつの間にか森は沈黙した。
絶滅という言葉は、いつも静かだ。
派手な終わりではなく、
“いなくなったことに気づくのが遅い” という形で訪れる。
その静けさの中に、
人の暮らしがどれほど多くの小さな命の上に立っているかが浮かび上がる。
島の夜には、いまも風が吹く。
波の音も、虫の声もある。
けれどそのどこにも、
かつて森を走り回っていた小さな足音はもうない。
わたしたちは、名前を呼ぶことで記憶を残す。
クリスマス島トガリネズミ――
その名が語られるたび、
島のどこかで、まだ風が森を揺らしているように思う。
🌏 せいかつ生き物図鑑・世界編
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