― 氷の下で、春を待つ ―
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📘 基本情報(図鑑データ)
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- 分類:節足動物門 軟甲綱 十脚目 ケセンガニ科
- 学名:Erimacrus isenbeckii
- 分布:北海道沿岸、オホーツク海、三陸北部
- 生息環境:水深20〜200mの砂泥底。冷水域を好む。
- 体長:甲幅約12cm(雄)/8〜10cm(雌)
- 特徴:甲羅全体が短い毛に覆われる。肉厚でミソが濃厚。
- 食性:貝類やゴカイ、小型甲殻類を捕食。
- 漁期:春(3〜7月)。地域で「春告げのカニ」と呼ばれる。
- 文化:北海道の春の風物詩。特に道東・オホーツクでは「毛ガニまつり」が行われる。
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❄️ 生態 ― 北の海に息づく毛の甲
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冬の海に、かすかな光が戻る。
氷の下で眠っていた潮が動き出し、
ケガニは、甲に生えた細かな毛で水の流れを感じ取る。
その毛は冷水をまとい、
外の寒さをやわらげる小さな毛布のようだ。
脚をひとつ動かすたびに、
砂の上に春の気配が広がる。
彼らの動きが活発になるのは、
雪解けの川水が海へ流れ込む季節。
塩分が薄まり、温度が少し上がると、
冬の海が再び命の場に変わる。
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⚓ 文化 ― 春を告げる港の味
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北海道の春は、風がまだ冷たい。
けれど、港にケガニが並び始めると、
人々は「ああ、春が来た」と口にする。
ゆであげた甲羅から立つ湯気。
淡い海の香りに混じって、
冬の記憶がほどけていく。
その姿は、北の海の贈りもの。
厳しい季節を越えた者だけが持つ、
重みと優しさがある。
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🌕 象徴 ― 冷たさの中の温もり
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ケガニの甲は堅く、
その中の身は、驚くほどやわらかい。
外の世界の冷たさを拒みながら、
内に熱をためて生きている。
それはまるで、
春をまだ信じきれない北の海の心のようだ。
氷が割れ、波が笑う。
ケガニは毛に光を受け、
再び海底を歩きはじめる。
次話:タラバガニ ― 殻を背負う異端者


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