🦗鈴虫13:子どものころの夜 ― 鈴虫の音を探して

スズムシシリーズ

― 記憶の中の秋 ―


🗂目次


🌾庭の隅の音

子どものころ、
夏の終わりの夜に外へ出ると、
庭の隅からかすかな音が聞こえた。

「リーン、リーン」

最初はどこから鳴いているのか分からず、
息をひそめて耳を澄ませた。
暗闇の奥で、草の陰に何かがいる。
小さな光のような音だった。


🌙夜の静けさ

そのころの夜は、
もっと暗くて、もっと静かだった。

遠くで犬が吠え、
風鈴が一度だけ鳴り、
あとは鈴虫の声が夜を満たしていた。

家の明かりが漏れる土の匂いと、
その音がいつも一緒にあった。
それが“秋の夜”というものだと、
幼い心は思い込んでいた。


💫探すということ

大人になって、
あの音をもう一度聴きたくて
秋になると夜道を歩くことがある。

けれど、
街の灯りの中ではなかなか見つからない。

それでも、どこかで聴こえる気がして、
耳を澄ます。
あのころと同じように、
風の音の奥に、
鈴虫の声を探してしまう。


🕯思い出の中の声

たぶん、もうあの音は
記憶の中にしかいないのだろう。

けれど思い出すたびに、
心のどこかで鳴り始める。

声を探すという行為は、
過ぎた季節を抱きしめること。

静かな夜に耳を澄ませば、
今も鈴虫は鳴いている。


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