― 音へ向かう時間 ―
🗂目次
🌱卵の季節
冬の終わり、土の奥で卵が眠っている。
枯葉と土のあいだから、
春の光をかすかに感じながら。
その殻の中には、
すでに“音”の設計図がある。
どの翅を動かし、どんな声を出すのか──
鈴虫の命は、まだ鳴かぬうちから「声の虫」として始まる。
☀️夏の記憶
初夏、雨上がりの土がやわらかくなるころ、
小さな幼虫が姿を見せる。
透きとおるような身体で、
静かに草の根を登る。
脱皮を繰り返し、少しずつ色を濃くしながら、
夏の空気を吸い込んで大きくなる。
そのあいだ、何も鳴かない。
音のない時間が、
この虫を“鳴くための体”へと育てていく。
🍂秋の声へ
八月の終わり、
最後の脱皮を終えると翅が生まれる。
透明な膜が光を受けて、
かすかに震える。
それは、鳴く前の呼吸のよう。
初めて音を出した瞬間、
世界は少しだけ静かになる。
そして、森に「秋」が始まる。
🌙命の終わりに
十月。
気温が下がり、夜露が深くなる。
鳴き声の間隔が、少しずつ長くなる。
やがて音は途切れ、
翅は静かに折りたたまれる。
その声の残響だけが、
風に混じって残る。
鈴虫は死んでも、
その音は“季節”として生き続ける。
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