― 春を運ぶ魚 ―
和名:サクラマス(桜鱒)
学名:Oncorhynchus masou masou
分類:サケ科サケ属
体長:約40〜70cm
分布:北海道〜本州中部の太平洋・日本海沿岸の河川
生態:川で生まれ、海で成長し、春に再び母川へ遡上する。
特性:川に残る個体は「ヤマメ」と呼ばれ、同種の陸封型。
旬:春(3〜5月)
文化:桜の咲く頃に遡上することから「春を告げる魚」として知られる。
雪解けの水が流れはじめる。
山の影がゆっくりと動き、風の匂いが変わる。
その流れの中に、ひとすじの銀が光る。
サクラマス――春の川を渡る光の名を持つ魚。
🌸 春の川
春の川は、音を立てて目を覚ます。
雪が溶け、冷たい水が岩肌を洗いながら、谷を満たしていく。
水面にはまだ氷の名残が浮かび、空には霞がかかる。
その中を、銀の体がすっと通り抜ける。
サクラマスの季節だ。
冬を越えた川の透明さの中に、彼らは現れる。
泳ぎは静かで、波紋ひとつさえ控えめ。
けれど近づくと、光がまるで弾けるように体を包む。
川そのものが春の光を映す鏡になったようだった。
🌊 海の記憶
サクラマスは、海で育つ鮭の中でも特に短い回遊をする。
北の冷たい潮を離れ、沿岸を漂いながら成長する。
波に混じる花粉や桜の花びらのかけらが、
彼らの体に当たって沈むことがあるという。
海の中にも、春の記憶は届いているのだ。
やがて、光の角度が変わると、彼らは帰る準備をはじめる。
潮の匂いの奥に、懐かしい淡水の香りを感じ取る。
その感覚が「帰る」という衝動を呼び起こす。
季節の記憶が、命の羅針盤になっている。
🧭 川をのぼる光
春の流れはまだ冷たく、力を試すように荒い。
それでもサクラマスは迷わず進む。
岩を越え、泡を裂き、浅瀬を跳ねる。
その姿を見れば、誰もが春の力を感じるだろう。
水の中の光が、彼らの体にまとわりつく。
銀が白く、白が淡く、やがて桜の花びらのように色づく。
それは生まれ変わるような輝きだった。
春とは、命がもう一度動き出す季節なのだ。
🌿 春を告げる魚
日本では古くから、サクラマスは「春告魚」と呼ばれてきた。
桜の開花とともに川へ帰る姿は、季節そのものの象徴だ。
漁師たちは川辺に咲く花を見て、漁の時期を知ったという。
市場に並ぶサクラマスの銀色は、
春の光をそのまま閉じ込めたように美しい。
焼かれると皮が花びらのように反り返り、
香ばしい匂いが、川と山の季節を思い出させる。
自然と人のあいだに、ひとつの春が通り抜けていく。
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