🦗蟋蟀2:日本に生きるコオロギの仲間たち

コオロギシリーズ

 秋の夜、耳をすませば、ひと口に「コオロギ」と呼ばれる虫の声が、実は多くの種類の響きでできていることに気づく。
 リーンリーンと澄んだ音を奏でるもの、チッチッと切れ味のあるリズムを刻むもの、リリリリ……と高く速く鳴くもの。
 それぞれが異なる楽器を持ち寄り、同じ草むらでひとつの交響曲を奏でている――そんな多様性の豊かさが、日本の秋を彩っている。


● コオロギの仲間たち ― 身近な分類

 コオロギは、直翅(ちょくし)目の中でも「コオロギ科」「ツヅレサセコオロギ科」「スズムシ科」などの仲間に分かれる。
 いずれも翅(はね)をこすり合わせて鳴くが、その音の高さやリズム、出すタイミングは驚くほど違う。
 日本にはおよそ六十種前後のコオロギが知られ、里山、畑、砂浜、山地など、環境ごとに独自の種が棲み分けている。
 つまり、私たちが「秋の夜に聞く虫の声」は、地域や土地の性格によって少しずつ違うのだ。


● 代表的な日本のコオロギたち

 もっとも身近なのがエンマコオロギ
 黒褐色の体と落ち着いた「リーンリーン」という鳴き声で、まさに“秋の声”の代表格だ。
 「閻魔(えんま)」という名は、その堂々とした姿に由来するとも、昔の人がその低い声を“地の底からの響き”と感じたからともいわれる。
 夜の静けさの中で、その音は人の心に深く沈む。

 リンゴコオロギはやや小型で、赤みを帯びた体が特徴。
 「リリリリ…」と高く軽快に鳴く声は、晩秋の風に似合う。
 寒さに強く、霜が降りる時期まで鳴き続けることもあり、秋の終わりを告げる存在として知られている。
 その名は果実の“りんご”ではなく、“鈴”を意味する古い語「りん」に由来するとも言われ、音を名前に持つ珍しい虫だ。

 ハラオカメコオロギは南の地域に多く、顔の部分が平たく「おかめ」のように見えることから名づけられた。
 低いテンポの「チッチッ」という鳴き声は、どこか打楽器を思わせ、温暖な土地の夜を飾る。

 そして文学にもしばしば登場するのがツヅレサセコオロギ
 その名は「綴れ刺せ(つづれさせ)」という古語に由来し、衣を縫う音を連想させる。
 平安の女流歌人たちは、この虫の声を“思いの縫い目”にたとえ、恋の歌に詠んだ。
 「つづれさせる夜の衣に風渡る」――虫の声が、心の繊細な糸を動かしてきたのだ。


● 地域によって違う“秋の音風景”

 北国では、夏の終わりから早くもエンマコオロギの声が響く。
 一方、九州や沖縄ではハラオカメコオロギやタイワンコオロギが主役になり、冬の手前まで鳴き続ける。
 標高の高い山地では、ミツカドコオロギやヤチコオロギのように冷涼な環境を好む種が見られる。
 つまり日本列島全体が、南北に長い“虫のオーケストラホール”になっているのだ。
 その音の帯は、季節の移ろいとともに北から南へ、または山から平地へとゆっくり移動していく。

 昔の人は、旅の途中で聞く虫の声の違いに、土地ごとの時間の流れを感じ取った。
 旅日記や俳句にも「○○の里で聞いた声」と記されることがあり、虫の音は風景そのものの一部だった。
 “耳で季節を測る”という日本人特有の感性は、このコオロギたちの多様な声が育てたといってもいい。


● コオロギたちの未来

 都市化や農薬の影響で、近年は草むらが減り、コオロギの声を聞く機会が少なくなった。
 それでも、校庭の隅や公園の植え込みを覗けば、夜にひっそりと鳴く個体が見つかる。
 その小さな声は、文明のざわめきの中でもまだ消えていない。
 耳を澄ませば、街の音の下層に“自然の息づかい”が確かに存在していることを教えてくれる。

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