🦗 蟋蟀4:ツヅレサセコオロギ ― 綴れの糸

コオロギシリーズ

Velarifictorus micado(ツヅレサセコオロギ) は、秋の終わりに細い声で鳴くコオロギです。名の「綴れさせ」は古語で“縫い合わせる”を意味し、その鳴き声がまるで糸を縫う針のように繊細であることから呼ばれます。晩秋の夜、都市の片隅や庭の植え込みの下など、静かな場所でひっそりと響く小さな音がこの虫の印です。

📖 目次
🐠 基本情報
🌊 生態・習性
🎵 鳴き声
🏡 人との関わり
🧠 豆知識
🪶 詩的一行
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🐠 基本情報|ツヅレサセコオロギとは

分類: バッタ目 コオロギ科
学名: Velarifictorus micado
分布: 日本各地(本州〜沖縄)、中国・朝鮮半島にも分布
体長: 約15〜20mm
鳴き声: 「リー……リー……」と糸を引くような細い音

エンマコオロギよりもやや小さく、体色は暗褐色。翅が細く、光を受けると薄い絹のような反射を見せます。草の陰に潜みながら鳴くため、姿を見るよりも先に声で存在を感じ取られることが多いコオロギです。


🌊 生態・習性|秋の終わりを告げる小さな影

晩秋、昼間の陽ざしが傾きはじめるころに姿を現します。落ち葉や石の下、庭の鉢植えの隙間など、人の暮らしのすぐ近くに棲む。夜になると地面をゆっくりと歩き、草の間に潜り込み、そこで鳴く。

オスは温度の変化に敏感で、気温が下がると鳴きの間隔を広げます。低温でも生き延びる強さを持ち、十二月近くになっても声を聞けることがあります。メスは褐色で長い産卵管を持ち、土中に卵を預けて冬を越します。翌春、孵化した幼虫は夏を経て秋に成虫となる。命の輪は静かに、確実に続いています。

都市の夜景の片隅で、わずかな土と草の間に小さな世界を築く――それがツヅレサセコオロギの暮らしです。


🎵 鳴き声|糸を縫うような声

「リー……リー……」という声は、ひと息の間に細く長く伸びる。針で布を縫うように、夜気をゆっくりと縫い合わせていくような鳴き方です。

エンマコオロギの力強い低音に比べると、ツヅレサセコオロギの音はずっと儚く、聞き逃してしまうほど静か。耳を澄ませないと分からない音量なのに、不思議と胸の奥に残る。録音して波形を見れば、細く長い線がいくつも並び、まるで秋の糸が空に漂っているようです。

鳴き手の数は少なく、晩秋の夜には一匹だけが鳴いていることも珍しくありません。その声は風や遠くの車の音と溶け合い、消えるように終わる。それでも確かに、“ここに秋がいる”と知らせてくれる音です。


🏡 人との関わり|都市に残る最後の声

ツヅレサセコオロギの鳴き声は、古くは「綴刺(つづれさし)」と書かれ、文学作品にも登場します。人はその糸のような声に、秋の終わりと寂寞を感じ取ってきました。

昭和の頃までは、家の縁側や庭の石の下などでよく鳴いていた虫です。しかし都市の舗装化や草地の減少で、聞ける場所は年々少なくなっています。それでも公園の植え込みや街路樹の根元、マンションの花壇の隙間など、思いがけない場所でひっそりと生きている。

夜、街灯の下で「リー……リー……」と響くその音は、人の生活の背後に残る小さな自然の記憶。誰もが耳を閉ざしても、彼らは変わらず季節を告げています。


🧠 豆知識|ツヅレサセコオロギの小さな秘密

  • 名前の由来は「綴れさせる」=縫い合わせるから。
  • エンマコオロギより高音で、間のある鳴き方をする。
  • 晩秋〜初冬に活動するため「秋の終章の虫」と呼ばれることも。
  • 温暖化の影響で、北日本でも観察例が増加中。
  • 鳴き方に地域差があり、西日本個体はやや長く鳴く傾向。

🪶 詩的一行

縫いとめる声が 夜をほころばせる


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