― 水音の向こうに ―
川は話している。
風に混じる音、石を撫でる水の響き。
その声の中で、鮭たちは最後の旅を終える。
命は静かに流れへと還る。
💧 川の声を聞く
秋の川は、低く歌うように流れている。 山からの冷たい水が岩を越え、 木の葉を運びながら、静かに季節を刻む。 その水音の奥に、無数の命の声が重なっている。 それは、鮭の群れが川を遡る音。 命が還る季節の鼓動。
人が立ち止まり耳を澄ますと、 水は確かに何かを語りかけてくる。 それは「帰っておいで」という声にも、 「もう大丈夫」という声にも聞こえる。 水の言葉は、誰にも正確には訳せない。 けれど、誰もが心の奥で理解している。
🌊 命が還る流れ
鮭たちは、傷ついた体で流れを登る。 鱗は剥がれ、体は細り、それでも目は澄んでいる。 川の奥にある小石の間、それが彼らの故郷。 そこに卵を産み、流れに身を委ねると、 命の輪は静かに閉じ、そして再び開く。
死は終わりではなく、始まりだった。 その体が崩れ、森の土に溶け、 草を育て、虫を育て、鳥を育てる。 鮭の旅は、森と川と海をつなぐ“命の回路”そのものだ。
🌿 土に触れる水
川辺には、命の残り香がある。 水に打たれた石の下で、虫が孵り、 その上を新しい稚魚が通り過ぎる。 その光景を見て、人は自然の呼吸を思い出す。 流れるということは、変わり続けるということ。 そして変わりながら、同じ場所へ戻ること。
鮭が去った川には、静けさが残る。 だがその静けさは空白ではない。 次の命を育むための、 深い、豊かな“間(ま)”の時間だ。
🕊 祈りの静けさ
夕暮れ、川面が金色に染まる。 そこに浮かぶ葉が、まるで祈りのように揺れている。 風が止まり、水が光を映すとき、 川と空がひとつになる。 その瞬間、人は静かに手を合わせる。
命は終わらず、ただ流れを変える。 声を持たない川が、すべてを語っている。 ――聞こえるだろうか。 それは水の声であり、 私たち自身の中に流れる声でもある。
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