🐟鮭17:記憶と鮭 ― 水に刻まれた命 ―

サケシリーズ

― 水が覚えていること ―

川は、忘れない。

雪が溶け、雨が降り、命が流れたこと。

そこを泳いだ魚たちの光と影。

そのすべてを、水は静かに抱きしめている。

💧 水の中の記憶

水は形を持たない。 けれど、その流れはすべてを記録している。
石に触れた冷たさ、森の影の色、風の音。 その一つひとつが、目に見えない記憶として溶けている。
川の底を泳ぐ鮭は、その記憶を感じながら進む。

生まれた川を覚えているのは、科学的には嗅覚だという。 だが、それ以上に、“場所の記憶”が体に刻まれている。 その水の匂い、温度、流れの音。 鮭はそれを一生のうちにただ一度だけ辿りなおす。

🐟 魚の記憶、人の記憶

人もまた、水に記憶を託してきた。 流し雛、川祭り、初漁の祈り――。 どれも命を流れに還し、記憶を託す儀式だ。
鮭が遡る姿を見つめるとき、 人は自分たちの過去を重ねているのかもしれない。

ひとつの川には、何百年もの記憶が流れている。 村の声、子どもの笑い、流木の軋み、風のにおい。 それらすべてが混じり合い、 鮭の体の中で、新しい命の材料になる。

🌲 川が覚えているもの

鮭の命は、ただの生態ではない。 それは“記憶の循環”だ。 川が命を受け取り、海へ運び、また戻していく。 その往復があるかぎり、川は生きている。

けれど、川の形は少しずつ変わっていく。 護岸の石、堰、流れの音。 それでも水は、昔の記憶を完全には手放さない。 春の雪解けがくるたび、 どこかで“かつての流れ”が息を吹き返す。

🌌 記憶は未来を呼ぶ

記憶は、過去を留めるためだけのものではない。 それは未来へ渡すためにある。 鮭が帰ることで、川は再び新しい命を得る。 そしてその流れを、人もまた受け取って生きている。

水はすべてを流し去るが、 ほんとうの記憶だけは消えない。 それは形を変え、光の粒となって流れる。 そして、次の季節に再び輝く。 鮭も人も、水に生まれ、水に帰る存在なのだ。


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